デニス・E・テイラー著 金子浩訳 われらはレギオン

われらはレギオン1  AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)

われらはレギオン1 AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)


1巻の感想書いてなかったので2巻と一緒に。


割と成功したプログラマーのボブは死後の復活を約束する冷凍保存契約を結んだ直後に交通事故で死亡する。

目が冷めるとそこは未来。ボブは電子複製意識体、レプリカントとして復活していたのだ。

だが、彼を復活させたのは原理主義的な宗教国家になったアメリカで、彼に人権はなく、人類存続に奉仕することでのみ存在を許されるという。

未来の地球は最終戦争直前の緊張状態。環境破壊も進み、もはや外宇宙に希望を求める以外の手段は残されていなかった。


屈辱的な状況で移住可能惑星探査船の頭脳として外宇宙に旅立ったボブ。どっこい彼は黙って言いなりになるような従順な性格ではなかったのだ。

自らを縛る軛を引きちぎり、3Dプリンタを駆使して自己複製を繰り返し、VR環境に自らの意識を置くことで発狂を避け、新たな技術を開発し

他国の打ち上げたレプリカントと闘争を繰り広げながらついにボブ達は移住可能な新天地を発見する。

だが、そのころ地球では最終戦争が勃発し、人口の殆どが死亡。1500万人にまで数を減らした人類に滅亡のカウントダウンが迫る。

この期に及んで内輪もめと政治闘争をやめない人類を、ボブ達は無事移住させることが出来るのか……

というのが1巻まで。

2巻では

政治問題、環境問題、絶滅主義者のエコテロリストに移住先惑星の過酷な環境が次々と問題を引き起こす。

複製されたボブ達も次々と個性を獲得し、原始的な異星生物の神となるもの、定命の女性と悲しい恋に落ちるものなどが現れて

ドラマは加速していく。

そして突然登場した超数が多くて、超テクノロジーが発達してて、対話する気ゼロの侵略宇宙人が迫る!

あっちはこっちを資源に群がるゴミとしかみなしてねえ!

でもなんかダイソン・スフィアとか作ってるし現在の技術じゃとてもじゃないけど太刀打ちできないし、起死回生の策はあるのかしら!?

といったところでまた3巻に続いた。1巻目より面白かった気がする。これも3巻完結っぽいので次を楽しみに待つわ。

ジョー・イデ著 熊谷千寿訳 IQ

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロサンゼルスの貧民街に住むアフリカ系の青年アイゼイア・クィンターベイ。

またの名を”IQ”。

並外れて高い知能、抜きん出た観察力を持ち、幅広い職業経験から広範な知識と技術を持つ。

目立たない外見、ファッション、物静かな性格。

頭脳派だがクラブ・マガの腕は名人級。愛車はアウディS4。運転はプロレーサー仕込み、整備も自分でする。

ゲットーのシャーロック・ホームズといった趣。

彼のもとには隣人たちからひっきりなしに相談が舞い込む。

時に無償で、時には高額の報酬と引き換えに鮮やかに事件を解決する彼の行動規範は、夭折した兄の影響を強く受けたものだった。



本編は10年前と現在、彼が探偵となるまでの物語と、落ち目の有名ラッパー襲撃事件の顛末を交互に行き来しながら進む。

IQがホームズならワトソンもいる。同じ学校に通っていたギャングのドッドソンだ。

ドッドソンはギャングメンバーであり、ヤクの売人であり、粗暴で考え無しで、マウントを取りたがる悪癖があり、頭の悪いガールフレンドをIQの部屋に連れ込んだりする。

どう考えてもクソ野郎なのだが、意外なことに無茶苦茶料理が上手かったり、唐突な思いやりを発揮したりして読者の感情移入をギリギリで許容する。

著者は日系アメリカ人だが、幼少期をLA南部の犯罪多発地域でアフリカ系の友人たちに混ざって育ったという。

なのでギャング同士の抗争、根強い貧困や、教育が欠如したとき社会に何が起きるかが生々しく書かれているのだけれど

IQのクールな知性がげんなりするイベントを切り開いていくのであまりストレスなく読める。

作中にも登場するけど『GTA:SA』と『GTA V』に雰囲気が凄く似ている。

読むGTAって感じだ。

そういえばドッドソンはGTA Vに登場するラマー・デイビス(主人公の一人である黒人青年フランクリンの友人でギャング)を彷彿とさせるところがあるし

燃え尽き症候群、ノイローゼ、薬物とアルコールへの依存、別れた妻、取り巻きとの人間関係、レコード会社との契約、全てに問題を抱えた大物ラッパーのカルは

GTA:SAに出てきたラッパー、マッド・ドッグをちょっと思い出させる。


ふんぞり返った成金趣味のラッパーが、ある晩自宅で巨大な殺人犬に襲撃され、プールに落ちて溺れかける。

腐れ縁のドッドソンの紹介で依頼を受けたIQだが、ドッドソンは目も当てられないゴマをすって依頼人に取り入ろうとするし

カルの取り巻きはまずマウントを取ることでしかコミュニケーションが取れないとんまの兄弟で

音楽レーベルの社長も依頼人の意向を無視して早くレコーディングに取り掛からせることしか考えていない。


ろくでもないキャラクターのオンパレードの悪い冗談じみた状況だが、IQ、いやIQさんはクールな知性で有象無象を蹴散らして格好良く真実に迫っていく。

トーキョーN◎VAで例えるとほぼ全ての判定にシャーロック・ホームズホークアイとカメラ記憶が組み合わさる感じ。

IQというハンドルも蜂巣さんの名物キャラクターでサプリメントにも掲載された名物探偵”QJ”を思い起こさせるのでN◎VA好きには親しみが湧きやすい主人公だ。

続刊が楽しみな面白さだったので、楽しみに待とう。

ルーシャス・シェパード著 内田昌之訳 竜のグリオールに絵を描いた男

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

あまりにも巨大な竜、グリオール。
遥か昔、ある魔法使いと戦って敗れた彼は飛ぶことも、動くこともできず、死ぬことすらないままに大きくなり続け、今や全長1マイルに及ぶ彼の体には木々が茂り、背中には湖ができ、その体の周囲の村には人々が住んでいる。
だが、グリオールの精神は未だ活動を続けており、その影響は抗いがたい運命のように人々を引き寄せ、絡め取るのだ……。


ンッマー!ヤッバイ!面白ッロイ!

冒頭の一行目から斬りつけるような一文でこっちの襟首を引っ掴んで最後の一行まで引きずり回すたぐいの本よ。

寝る前に読むな。危ない。短編集だからキリがいい?甘い。僕は書店帰りの電車の中で読み始め、駅から自宅へ歩く間もページを捲り、今しがた読み終えるまで止まらなかった。

不死の竜の巨大な体に絵を描くことでそれを殺そうと目論む画家の話

竜の体内に囚われた女の話

竜がもたらしたとされる宝石とそれを巡る殺人事件

雌竜と結ばれた男の話

どれもこれも滅多矢鱈に面白い上に、文章の流麗かっちょいいこと比類なしよ。

”時は1853年、はるか南の国、われわれの住む世界とほんの僅かな確率の差で隔てられた世界で”

とか

”監獄はレイモスを灰色に変えてしまったようだ。”

とか痺れるフレーズがポンポン飛び出てくるし、皮肉で容赦のない感じの人物描写も最高にかっこよかった。

僕は『サンティアゴ』以来、内田昌之翻訳のファンなんだけど、この作品の翻訳も最高であった。


全体を彩るトーンには南米文学の影響を強く感じる。寝言が多いとことか。どことなくあけすけな感じとか。

感じるが、僕が読んだ南米文学は『百年の孤独』一冊なので気のせいかも知れぬ。

解説読んだらそんなに勘違いでもない気はするけど、知ったかぶりのカーブを前にブレーキを踏む勇気と思いつきをそれっぽく語る蛮勇は両立するのだ。






あと装丁!装丁が凄く良い!

美しい表紙絵!格調高いフォント!縦書きのタイトル!淡いグラデーションを描いて黒い帯へと続く濃淡の美しさ、背表紙に踊る金字の原題の美しさよ。

バーナード嬢曰く。』に出てくる読書家、神林しおりは「表紙が黒い本をかっこいいと思っている」と看破されて羞恥に頬を染めるが
表紙が黒いSFやファンタジーがカッコいいのは常識なので恥じることはない。
そして表紙が黒い本だけでなく、美しい絵が黒から浮かび上がって右上に縦書きのタイトルが出てくる本もカッコいいのだ。
「銃・病原菌・鉄」とか超かっこいいよね?
僕はタイトルと表紙のかっこよさに惹かれて本屋で即買いし、10ページ読んで即やめた。真面目なことしか書いてなくて退屈だったから。

でも表紙は超かっこよかった。

そして『竜のグリオールに絵を描いた男』の表紙も同じくらいカッコいいし、内容と来たら最高に面白いのだ。

僕はこういう本を本棚に持っておくのが憧れだったのだ。

内容も装丁も最高にイカス文庫が詰まった棚があるだけで人生は豊かになる。たとえ普段は一顧だにさえせず埃に塗れたままにしていたとしても。

僕はこの本を『サンティアゴ』と『タフの方舟』の間に挟んで並べるつもりだ。


そんな理由でこの本に関しては電子書籍じゃなくて本の形で持っておくのがお勧めよ。

本屋さんの棚でこいつを手にとってみればすぐわかる。わからなかったらnot fo you 僕とあなたとはそこが異なっているので気にしないで、ただ面白い小説として読むのだ。



そして解説よ!解説読んで興奮するのって滅多にない。ひょっとすると初めてかも知れぬ。

気になったこと、知りたかったこと、なんかもやもやして落ち着かないこと、全部を凄くフェアに解説してくれてて凄く良い。
読みながら感じたことを全部肯定してくれるような素晴らしい解説であった。
凄い愛着と熱量を感じるのにマニア特有のウザさがない文章って凄いぜ。

アーネスト・クライン著 池田真紀子訳 『アルマダ』

アルマダ 上 (ハヤカワ文庫SF)

アルマダ 上 (ハヤカワ文庫SF)

アルマダ 下 (ハヤカワ文庫SF)

アルマダ 下 (ハヤカワ文庫SF)


映画『レディ・プレイヤーワン』の原作『ゲームウォーズ』の著者の新作。

今回も主人公はオンラインランキング上位に名を連ねるゲーマーで、ゲームを発端とした巨大な陰謀と宇宙戦争が繰り広げられる。

正気とは思えないようなありがちなOP”教室の窓から空を眺めていたら自分がハマっているゲームに出てくる敵宇宙人の戦闘機が飛んでいるのが見える”から始まるこの物語は
陳腐でありがちだが、その陳腐さとありがちさに意味がある。


既に人類は宇宙人とコンタクトを取っており、政府はそれを秘密にしている。


今大流行中のゲームは新兵器のパイロットを探し出すためのテスト兼、訓練シミュレーターである。


60年代後半以降から爆発的に増えたSF映画や娯楽作品は全て、人々を宇宙からの侵略者へと備えさせるためのものである。


ぼんくらの夢想と陰謀論とが正面衝突を起こし、その衝撃と炎の中から何かが生まれた。

それがこの本だ!!


凄腕ゲーマーの主人公は死んだ父親の面影を追いかけて、充実しながらもどこか居場所のない高校生活を過ごし

バイト先のゲーマー店長や魅力的で理解ある母、理想的な大人たちに囲まれ、友人とバカ話する。

だが、不愉快極まりないジョックスとの衝突で全校生徒からキレやすいサイコ野郎の視線を浴びせられ、最高に気まずい瞬間

アルマダ>に登場するドロップシップが校庭のど真ん中に着陸し、彼を呼ぶのだ。


「人類の危機に君の力が必要だ!!」

笑うわこんなん!だが馬鹿にしてじゃない。その豪速球の凄まじさにだ!

シンプルで先の展開がほぼ読めるストーリー(この事は序盤で主人公の好きな映画『アイアン・イーグル』の解説シーンでなんとなく仄めかされる)

だが安易なツッコミを許さない圧倒的な引用!引用!引用!

「そのままでも面白い」


「だがメタに読めばもっと面白い」

そういう感じの本よ。絶対分かっててやってる。

宇宙に上る前に主人公がいじめっ子相手にバイオレンスの構えを繰り広げるのは『エンダーのゲーム』冒頭へのオマージュだと思う。
(幸い、主人公のザックさんはエンダーほど容赦ないタイプではない)


アルマダ>の設定

”クリス・ロバーツとリチャード・ギャリオットと宮崎英高とゲイヴ・ニューウェルと宮本茂コンサルティングして”
”デザインや映像演出はジェームズ・キャメロンピーター・ジャクソンとWETAワークショップ”
”BFとCoDとEVEオンラインの開発チームがプログラミングした世界最高のMMOゲーム。”
”ナレーションはモーガン・フリーマン”は割とこっちを殺しにかかってくる連打系のギャグだと思う。

VRMMO物の小説を書こうとして勢い余ったらこうなった感まで出ており、パンチが見えないまま袋叩きにされた。
「皆一度は考えるだろ?」という著者のドヤ顔がページから浮かび上がるかのごとくであった。凄いぜ。

S・K・ダンストール著 三角和代訳 『スターシップ・イレヴン』

スターシップ・イレヴン〈上〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈上〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈下〉 (創元SF文庫)

スターシップ・イレヴン〈下〉 (創元SF文庫)


遥かな未来。
未知のエイリアンがもたらした”ライン”と呼ばれる力を使って人類は銀河を超え、宇宙へと広がっていた。
ボイド空間を航行し、光の速度を超えて飛ぶ宇宙船は”ラインズマン”と呼ばれる能力者が乗り込み、これを制御する。

レベル1は クルーの健康維持
レベル2は 快適さと船の航行能力の維持
レベル3は 修理、保守、管理目的
レベル4は 重力
レベル5は 通信
レベル6は ボイド空間を航行するボースエンジンの制御
レベル7と
レベル8は 未知
レベル9は ボイド空間への突入出
レベル10は ボイドジャンプを制御する。


10のラインが存在し、ラインズマンもまた10段階のレベルに区分される。
基本的に自分のレベルを超えるラインを扱うことは出来ず、高レベルのラインズマンはエリート中のエリート。
ラインズマンの制御とメンテナンスなくば船の機能は十全に発揮し得ず、彼らは非常に高い社会的地位と特権を持つ。



主人公のイワンはレベル10認定ラインズマンである。

だが、別に特権はないし、社会的地位も低く、20年契約の安月給でひたすら酷使されている。
何故ならば彼はスラム出身の貧民であり、その能力は独学で身につけたもの。
他のラインズマン達が操るように、念じて”押す”事でラインに干渉することが出来ないからだ。

では彼がどうやってラインにアクセスするかというと、歌う。

歌いかけ、交信することによってラインを制御するのだ。
ラインズマンカルテルの教官達は「自己流のまずいやり方が染み付いてしまっている」とバカにし、手法の違いを理由に彼を認めようとしなかった。

彼は歌いながら船のラインを修理する”気狂い”として業界全体から軽く扱われている。


だが、そんな彼の元へ帝国第一皇女が現れ、未知のエイリアンシップの調査クルーとして雇いあげた時、銀河の運命が動き出す。

馬鹿にされ、軽視され続けてきた彼が歌う時、人々は宇宙そのものを感じ、畏怖の念に打たれるのだ……。



タイトルが『スターシップ・”イレヴン”』でラインズマンのレベルは10まで、とくれば話の展開は大体読めると思うんですが
基本的には未知のエイリアンシップとそれを巡る恒星間国家の政治闘争を背景に
「おまえはすごい」っていう味方と
「いや、出来損ないだわ」っていう悪者が
交互に主人公を上げたり下げたりし、自己評価が無茶苦茶低い主人公が自尊心を手に入れ、無茶苦茶落ち込み、未知の力に慰められ……の三拍子が繰り返されるワルツ方式です。

そして繰り返されるほどに「これくらいだと思った?いやもっと凄えから!」と主人公がどんどん登っていく加速上昇タイプ。


カッコ良いキャラクターは超有能で危険で魅力的。
ムカつく悪役は本を引き裂きたくなるくらいホントにむかつきっぱなしという非常にパワフルな本です。

問題はムカつく悪役の中にアメリカンドラマっ面で”味方にしたら有能で頼もしい”枠に潜り込もうと画策してるフシのあるやつがいることだ!
魅力的なキャラクターになってくれればいいけど、今後も嫌な奴のまま画面端をうろちょろされたくないなあ……

今後?そうだ。今後が問題なのだ。つまり三部作です。その第一巻です。
つづきがある。本作では解明されないままになる謎もある。明らかに皇女と血縁関係がある「であります」口調の女兵士とか。ライン7の正体とか。未知の敵とか。

つ、つ、つ、続きが読みたいぞう。

創元SF文庫は割とちゃんと続きを出してくれるイメージがあるので、そこまで危惧はしていないけれど、ガンガン売れてじゃんじゃん続きを出してほしいので売れるといいわね。
面白いわよ!

ヘヴィ・クロスボウの思い出

D&D第5版のプレイヤーズハンドブック日本語版が発売された。
待ち望んだ書物、フルカラーのイラストがふんだんに使われた夢のように美しい本のページをめくる内、僕の心は過去に戻っていく。


初めてD&Dをプレイしたのは電撃文庫版だった。


僕が初めて作った戦士は能力値決定ロールで3d6が爆発し、STR18、DEX15の非常に強力なキャラクターになった。


当時のルール環境下だと、STR18のPCは毎ターン、ヘヴィクロスボウが発射できた。2d4ダメージのボルトで敵の手の届かぬ範囲から射てたのだ!

水が下方に流れるかの如く、当然の様に僕は力に溺れた。


敵を見ればまずクロスボウが唸った。


藪がガサガサと鳴動すればやはりクロスボウが唸る。


挙句対人交渉の場面でもクロスボウが飛び出るようになった。


世は麻の如くに乱れた。

SWのクレインクインクロスボウ


Wizardryの針穴クロスボウに並ぶ三大クロスボウの乱だ。


DMは憤怒した。かのヘヴィ・クロスボウを除かねばならぬ。


バックダッシュしながら弩を発射するだけのマシンに成り果てたあの戦士を


前線に叩き戻さねばならぬ。僕もDMも血の気の多い年頃だった。


結果として、僕と、僕の戦士と戦士の持つヘヴィ・クロスボウはプレイ時間中、


常にシステムからの刺客に怯える事になった。



まず、盗賊ギルドから金目の物ならなんでもかっぱらおうとするこそ泥が派遣され、我が戦士の行く先々にうろつくようになった。


このこそ泥は実に欲深で目先のことしか考えないので、一番大きくて重くて値段が高そうなクロスボウを置き引きしようとするのだった。




街は安全な場所ではなくなった。



次に大自然の怒りが僕とクロスボウに襲いかかった。


森を抜けてダンジョンに向かう僕らの前に、怒り狂った猪が現れる。


猪は弩で親を殺された事があったので憎しみに吠え猛り、一直線にクロスボウを持った戦士に突っ込んできた。


良い気になったとはいえ2レベル。野生動物との直接戦闘は危険だ。


身を翻して必死に逃げる戦士。後を追う猪。パーティーの仲間達は呆然と彼らを見送る。


「装備が重いから徐々に追いつかれるね」

「荷物を捨てよう!」


「まだ駄目だね」

「剣と盾を捨てる!」


「まだだね」

「兜を脱ぐ!」


「まだまだ」

ダガーも捨てる!」


「そんなにクロスボウが好きか」


 DMの狙いは明白だ。


必死の抵抗も定められた終わりを引き伸ばすことしか出来ず


運命は僕と僕のヘヴィ・クロスボウをその手に捕らえ


ついにその時は来た。


「ヘヴィ・クロスボウを脇に放り出して速度を上げる!猪に踏まれない様に!」


僕は大事な相棒を自分の右前方にそっと投げ出し、森がやさしく受け止めてくれる事を祈った。


弩は柔らかな下生えと木の葉の上にそっと着地したが


怒り狂った猪は僕ではなく、僕の弩へとまっしぐら、正確にホーミングすると牙と蹄で蹂躙し、滅茶目茶に破壊した。


「いやおかしいだろ!」思わず立ち止まってツッコミを入れる丸腰戦士。


すべての武器と荷物を失った彼は最早鎖帷子を身にまとったちょっとHPが多いだけの男である。


DMは「フゴッ!フゴッ!」って言いながら湯気を吐き出し、蹄で落ち葉とクロスボウだったものを蹴り立てると、再び追尾を再開した。


1時間ほどが過ぎ、全身ぼろぼろになった戦士が荷物を拾い集めて仲間のもとに戻ってきた。


彼の手には砕け散ったヘヴィ・クロスボウがあり、彼の目には惜別の涙が光っていた。彼の相棒は失われ、その栄華は最早過去のものとなった。


DMはニヤリとし、仲間達は金貨を出し合うと「新しいの買おう」って言った


ところで次のダンジョンは湖の底にあり、魔法のポーションを飲んで水中に潜る必要があった。


「水中では飛び道具は使えないね」DMはにっこり笑って宣言した。


ちなみにそのダンジョンの最深部には魔法のかかっていないクロスボウなど意にも介さないゴーレムが待ち受けていた。


凄い喧嘩になった。キー!


知ってるかい?今じゃ水中ではクロスボウや槍が強いんだ。


STRが18なくてもクロスボウは毎ラウンド射撃できるようになったし、1レベル戦士のHPは最低でも9はある。


プレイヤーはDMに協力的になったし、DMもプレイヤーの装備を奪おうとムキにならない。あれやこれやは全て昔の話だ。


待ち望んだ日本語版プレイヤーズハンドブックをめくりながら、そんな事を思い出していたよ。あれから何年たったことだろ。

3Eも出たし、4Eも出た。今では5Eの世の中で、おまけに僕はDMだ。


バキリバキリと消えてった、弩見てくれこの姿。弩見てくれ、この姿。  ヘヴィ・クロスボウの思い出(完)

宮澤伊織著『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』


待ってましたの第2巻。

大変印象的だった、きさらぎ駅エピソードの続編『きさらぎ駅米軍救出作戦』
(前巻の時も思ったんですが、きさらぎ駅の話はPCゲーム『S.T.A.L.K.E.R』の序盤、線路に沿ってゾーンを歩いていた時の感覚を思い出してニッコニコになる。あのゲームの初期装備もマカロフだった)
中間世界の夢っぽい描写が素晴らしい『猫の忍者に襲われる』

がお気に入りのエピソード。

非日常の世界を生き抜いて来た主人公達が、日常側の知り合いの前で銃を抜き放ってその力を解き放つシーンもあってたいへん格好良かったです。
柳澤一明の漫画『真・女神転生カーン』においても同種のシーンが有り、伝奇物の物語が大きく広がっていくこの時期の味は堪えれれぬものがある……。



また、裏世界の物体を買い取る研究組織も登場し

SCPの香りも取り込んでお話がどんどん膨らんでいく。

青い光に包まれた裏世界深部の描写のカッコよさや

世界そのものがゆっくりと這い寄って来る描写。

部屋いっぱいに広がったダンジョンタイルに取り込まれたりするのも良かった。

不気味で危険で広大で得体の知れない裏世界の最深部表層をちょっと引っ掻いては命からがら戻ってくるあの感じは

3DダンジョンRPGにおいて一番好きな、最難度の隠しフロアに到達して攻略を開始した直後のあの感じがたっぷり味わえて堪らぬ味わいです。


あとがきもセットでダンジョンへの愛を感じるこのブック、わたくし大変お気に入りでございます。