ロイス・マクマスター・ビジョルド著 鍛冶靖子訳 魔術師ペンリック

 

 

田舎貴族の末っ子で、腕っぷしもなく目立つ才能もない。

正直、家系の厄介者。そんなペンリックさんはやっと決まった婚約式の日

道に倒れていた老女を看取ったら、彼女についてた魔に取り憑かれてしまう。

 

10人の女と、馬と、獅子を経てきた古く強力な魔だ。

 

そんなんに取り憑かれた奴なんて得体の知れないパワーで何をしでかすかわからねえ!

ヤバ過ぎるのであっさり婚約は破棄。

おっと、婚約破棄から始まるファンタジーだぜ。最新流行だぜ。

となれば魔には意味があるはず。あります。

魔を身に宿し、その力を使うものを魔術師と呼ぶのだ……

 

ペンリックさんは純粋で心優しいので魔と心を通じあって名前をつけてあげたりする。

魔は魔で長年魔術師と行動を共にしてきた存在なので割と協力的だ。

 

そう、道で死にかけてた老女は神殿付きの魔術師だったのだ。

 

 

かくして誕生した魔術師ペンリックさん。

持ち前の素直さと知性、彼に取り付いた魔”デスデモーナ”の協力で

奇妙な事件を次々と解決していくのだ。

 

最近のビジョルド作品の中では格段に軽くて楽しく読める作品ね。

『死者の短剣』とか『影の王国』はちょっと乗り切れなかったんだけど

これはすごく気に入ったわ。

続きがもう1冊は出そうなんで楽しみね。

この本も装丁が凄く綺麗なので手にとって見るのをおすすめざます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレン・ハミルトン著 山中朝晶訳『冬の炎』

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)

 

前作『眠る狼』

kurono42.hatenablog.com

に続く、元レンジャーの帰還兵、プロ犯罪者の祖父に育てられ、その技術をコネクションをそっくり継承したプロフェッショナル。

都市でも荒野でも強い系主人公ヴァン・ショウさんが主役のシリーズ第2弾。


祖父の友人ウィラード(闇カジノ運営者。サイズがでかい)から依頼を受けて大金持ちの恋人と山小屋に行ったっきり戻らない彼の姪エラナを探しに来たショウさん。

エラナはショウさんの幼馴染でもあり、割と複雑な関係の相手でもある。

だが、山小屋に辿り着いたショウさんが見たのは無残な男女の死体と

それを貪ろうとする熊だった!!

一体何があったのか、誰がこんな事をしたのか、っていうかこの熊どうしよう!?

 

衝撃のOPから疾走するヴァン・ショウさんの活躍を見よ……!!

 

お話は前作と同じく過去と現在を行き来しながら二転三転するし

ショウさんはそのゴツすぎる設定とは裏腹にかなり丁寧なタイプの調査を行う

主人公である。

勢い、本作は推理小説の匂いを漂わせる。

僕には推理小説とスリラーとサスペンスの区別はいまいちつかない。

ショウさんは超強く、今作で合流したPTSDの元部下、韓国系アメリカ人の狙撃手

レオナルド・パク(物静かで心に傷を負っており、凄腕でショウさんに忠実である。エモい)と合わせて大抵の敵は武力で排除できる筈なのだが

ギリギリまで暴力を行使しない。

このあたりのバランスが推理小説っぽく感じる。

 

そして舞台はシアトルである。

夜のストリートであり、暗黒街と大金持ちが絡む微妙なバランスの綱引きである。

もうシャドウランそのものよ。

コネクション、コンタクトの使い方や

捜査当局の介入をギリギリまで避ける小狡いテクニックの数々

粋な会話に、戦争で深く傷ついたショウさんの内面描写など

読んだら即ゲームしたくなったわい。

 

ところで恋人ルースとの関係なんだけど、これどうなっちゃうわけ?

この展開はあまり良い予感がしない。

上手いこと着地してよね!ホント!頼むわよ!

 

 

 

 

 

ニコラス・ペトリ著 田村義進訳 帰郷戦線-爆走-

 

帰郷戦線―爆走― (元海兵隊員ピーター・アッシュ・シリーズ)

帰郷戦線―爆走― (元海兵隊員ピーター・アッシュ・シリーズ)

 

 

除隊から1年。PTSDに苦しんでいた海兵隊時代の部下、ジミーが自殺した。

主人公のピーター・アッシュさんは未亡人と息子達の力になろうと部下の家を訪れるが

そこにあったのは床下に隠された40万ドルとプラスティック爆薬だった。

 

残された家族の周りをうろつく怪しげな影。

床下で金の入ったトランクを守っていた謎の猛犬。

過去にジミーと袂を分かったらしい地元の犯罪者ルイス。

一体何が進行しているのか。

 

自らも重度のPTSDで屋内に入るとパニック障害を起こしてしまうピーターさんは

部下の家族を守ることが出来るのか。

 

ピーターさんの日常生活は非常に困難だ。

閉所恐怖症で、屋内に入ると耳の奥でホワイトノイズが鳴り始め

呼吸困難になる。これは自室でも同じことだ。

つまり、通常の都市生活が送れないのだ。

やむを得ずピーターさんはすべてを捨て、山に籠もった。

自然の中にいればホワイトノイズは聞こえない。

だが、ピーターさんが世捨て人をやっている間にも

もっとも信頼した部下であり

誰よりも優しく、正義感に溢れ、皆から信頼されたジミーは苦悶していた。

ピーターさんは自らの地獄と向き合っていたが故にジミーに手を差し伸べることが出来なかった。

 

これはピーターさんの贖罪なのだ。

 

ところでピーターさんのホワイトノイズとパニック障害は銃を向けられたり

襲われたりすると突然ピタリと収まる。恐怖を感じることもない。

ピーターさんは戦場に適応しすぎて日常に戻れなくなったタイプの帰還兵なのだ。

 

クライマックス。

絶体絶命の危機に自らの軛を解き放ったピーターさんの圧倒的超人力を見よ。

 

 

ピーターさんの恐怖は帰還兵たちが多かれ少なかれ抱えている

身の内に燃え盛る怒り、行き場のないエネルギーで他者を傷つけてしまうことへの

恐怖なのだ。

 

主人公のピーターさんは

”どこに行っても1人で生きていけるが社会に適応することは出来ない一匹狼”として

カッコ良すぎるので続編がとても楽しみです。

あと登場人物に格好いいやつが多い。

思い出の中で語られる亡き部下のジミー

ジミーの妻ダイナと2人の息子達。

職業犯罪者のルイス。

退役軍人センターのジョシー。

皆格好いい。

 

事件現場をうろつくピーターさんをを拘束してハイパー疑いをかけるのに

彼の経歴(イラクとアフガンに8年)を聞いた瞬間超親切になる刑事も良かった。

「俺はレンジャーだった。イラクだ。今お前がどういう状態なのかはわかる。俺もそうだったからだ」

 

冷酷な職業犯罪者のルイスが主人公に問いかけるシーン。

「何故そこまでしてあの家族を守る?見返りは?」

「そんなものはない。助けるべき時に助けなかった借りを返しているだけだ」

に対する

「恐れ入ったよジャーヘッド。道義心とか責任感で動くやつがまだいるとは思わなかった」

「俺だけとは思わない」

のやりとりで2人がなんとなく通じ合うのは定番とはいえ凄くよかった。

 

帯に華々しく踊る「シリーズ開幕!」の文字に期待しつつ次作を待つわ。

 

再装填。

はてなダイアリーからはてなブログへ移行

 

実を言うとはてなダイアリーはもうだめです。

 

と言われたので終わりの合図が来る前に、はてなブログへデータをインポートし

リダイレクトするボタンをチェックしたら最早この私自身もはてなダイアリーへはアクセスが不能になった。

 

だが、これでいい。人類がいなくなった静寂の中で地球は静かに傷を癒やすのだ。

過去の記事は全部複製されたはずなので多分問題はない筈だ。

 

 

これなるは新たなるブログ!

 

これなるは新たなる妄言銃!!

 

せっかくだからタイトルにはリローデッドをつけたが、飽きたら多分外す……!!!

 

デニス・E・テイラー著 金子浩訳 われらはレギオン

われらはレギオン1  AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)

われらはレギオン1 AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)


1巻の感想書いてなかったので2巻と一緒に。


割と成功したプログラマーのボブは死後の復活を約束する冷凍保存契約を結んだ直後に交通事故で死亡する。

目が冷めるとそこは未来。ボブは電子複製意識体、レプリカントとして復活していたのだ。

だが、彼を復活させたのは原理主義的な宗教国家になったアメリカで、彼に人権はなく、人類存続に奉仕することでのみ存在を許されるという。

未来の地球は最終戦争直前の緊張状態。環境破壊も進み、もはや外宇宙に希望を求める以外の手段は残されていなかった。


屈辱的な状況で移住可能惑星探査船の頭脳として外宇宙に旅立ったボブ。どっこい彼は黙って言いなりになるような従順な性格ではなかったのだ。

自らを縛る軛を引きちぎり、3Dプリンタを駆使して自己複製を繰り返し、VR環境に自らの意識を置くことで発狂を避け、新たな技術を開発し

他国の打ち上げたレプリカントと闘争を繰り広げながらついにボブ達は移住可能な新天地を発見する。

だが、そのころ地球では最終戦争が勃発し、人口の殆どが死亡。1500万人にまで数を減らした人類に滅亡のカウントダウンが迫る。

この期に及んで内輪もめと政治闘争をやめない人類を、ボブ達は無事移住させることが出来るのか……

というのが1巻まで。

2巻では

政治問題、環境問題、絶滅主義者のエコテロリストに移住先惑星の過酷な環境が次々と問題を引き起こす。

複製されたボブ達も次々と個性を獲得し、原始的な異星生物の神となるもの、定命の女性と悲しい恋に落ちるものなどが現れて

ドラマは加速していく。

そして突然登場した超数が多くて、超テクノロジーが発達してて、対話する気ゼロの侵略宇宙人が迫る!

あっちはこっちを資源に群がるゴミとしかみなしてねえ!

でもなんかダイソン・スフィアとか作ってるし現在の技術じゃとてもじゃないけど太刀打ちできないし、起死回生の策はあるのかしら!?

といったところでまた3巻に続いた。1巻目より面白かった気がする。これも3巻完結っぽいので次を楽しみに待つわ。

ジョー・イデ著 熊谷千寿訳 IQ

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロサンゼルスの貧民街に住むアフリカ系の青年アイゼイア・クィンターベイ。

またの名を”IQ”。

並外れて高い知能、抜きん出た観察力を持ち、幅広い職業経験から広範な知識と技術を持つ。

目立たない外見、ファッション、物静かな性格。

頭脳派だがクラブ・マガの腕は名人級。愛車はアウディS4。運転はプロレーサー仕込み、整備も自分でする。

ゲットーのシャーロック・ホームズといった趣。

彼のもとには隣人たちからひっきりなしに相談が舞い込む。

時に無償で、時には高額の報酬と引き換えに鮮やかに事件を解決する彼の行動規範は、夭折した兄の影響を強く受けたものだった。



本編は10年前と現在、彼が探偵となるまでの物語と、落ち目の有名ラッパー襲撃事件の顛末を交互に行き来しながら進む。

IQがホームズならワトソンもいる。同じ学校に通っていたギャングのドッドソンだ。

ドッドソンはギャングメンバーであり、ヤクの売人であり、粗暴で考え無しで、マウントを取りたがる悪癖があり、頭の悪いガールフレンドをIQの部屋に連れ込んだりする。

どう考えてもクソ野郎なのだが、意外なことに無茶苦茶料理が上手かったり、唐突な思いやりを発揮したりして読者の感情移入をギリギリで許容する。

著者は日系アメリカ人だが、幼少期をLA南部の犯罪多発地域でアフリカ系の友人たちに混ざって育ったという。

なのでギャング同士の抗争、根強い貧困や、教育が欠如したとき社会に何が起きるかが生々しく書かれているのだけれど

IQのクールな知性がげんなりするイベントを切り開いていくのであまりストレスなく読める。

作中にも登場するけど『GTA:SA』と『GTA V』に雰囲気が凄く似ている。

読むGTAって感じだ。

そういえばドッドソンはGTA Vに登場するラマー・デイビス(主人公の一人である黒人青年フランクリンの友人でギャング)を彷彿とさせるところがあるし

燃え尽き症候群、ノイローゼ、薬物とアルコールへの依存、別れた妻、取り巻きとの人間関係、レコード会社との契約、全てに問題を抱えた大物ラッパーのカルは

GTA:SAに出てきたラッパー、マッド・ドッグをちょっと思い出させる。


ふんぞり返った成金趣味のラッパーが、ある晩自宅で巨大な殺人犬に襲撃され、プールに落ちて溺れかける。

腐れ縁のドッドソンの紹介で依頼を受けたIQだが、ドッドソンは目も当てられないゴマをすって依頼人に取り入ろうとするし

カルの取り巻きはまずマウントを取ることでしかコミュニケーションが取れないとんまの兄弟で

音楽レーベルの社長も依頼人の意向を無視して早くレコーディングに取り掛からせることしか考えていない。


ろくでもないキャラクターのオンパレードの悪い冗談じみた状況だが、IQ、いやIQさんはクールな知性で有象無象を蹴散らして格好良く真実に迫っていく。

トーキョーN◎VAで例えるとほぼ全ての判定にシャーロック・ホームズホークアイとカメラ記憶が組み合わさる感じ。

IQというハンドルも蜂巣さんの名物キャラクターでサプリメントにも掲載された名物探偵”QJ”を思い起こさせるのでN◎VA好きには親しみが湧きやすい主人公だ。

続刊が楽しみな面白さだったので、楽しみに待とう。

ルーシャス・シェパード著 内田昌之訳 竜のグリオールに絵を描いた男

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

あまりにも巨大な竜、グリオール。
遥か昔、ある魔法使いと戦って敗れた彼は飛ぶことも、動くこともできず、死ぬことすらないままに大きくなり続け、今や全長1マイルに及ぶ彼の体には木々が茂り、背中には湖ができ、その体の周囲の村には人々が住んでいる。
だが、グリオールの精神は未だ活動を続けており、その影響は抗いがたい運命のように人々を引き寄せ、絡め取るのだ……。


ンッマー!ヤッバイ!面白ッロイ!

冒頭の一行目から斬りつけるような一文でこっちの襟首を引っ掴んで最後の一行まで引きずり回すたぐいの本よ。

寝る前に読むな。危ない。短編集だからキリがいい?甘い。僕は書店帰りの電車の中で読み始め、駅から自宅へ歩く間もページを捲り、今しがた読み終えるまで止まらなかった。

不死の竜の巨大な体に絵を描くことでそれを殺そうと目論む画家の話

竜の体内に囚われた女の話

竜がもたらしたとされる宝石とそれを巡る殺人事件

雌竜と結ばれた男の話

どれもこれも滅多矢鱈に面白い上に、文章の流麗かっちょいいこと比類なしよ。

”時は1853年、はるか南の国、われわれの住む世界とほんの僅かな確率の差で隔てられた世界で”

とか

”監獄はレイモスを灰色に変えてしまったようだ。”

とか痺れるフレーズがポンポン飛び出てくるし、皮肉で容赦のない感じの人物描写も最高にかっこよかった。

僕は『サンティアゴ』以来、内田昌之翻訳のファンなんだけど、この作品の翻訳も最高であった。


全体を彩るトーンには南米文学の影響を強く感じる。寝言が多いとことか。どことなくあけすけな感じとか。

感じるが、僕が読んだ南米文学は『百年の孤独』一冊なので気のせいかも知れぬ。

解説読んだらそんなに勘違いでもない気はするけど、知ったかぶりのカーブを前にブレーキを踏む勇気と思いつきをそれっぽく語る蛮勇は両立するのだ。






あと装丁!装丁が凄く良い!

美しい表紙絵!格調高いフォント!縦書きのタイトル!淡いグラデーションを描いて黒い帯へと続く濃淡の美しさ、背表紙に踊る金字の原題の美しさよ。

バーナード嬢曰く。』に出てくる読書家、神林しおりは「表紙が黒い本をかっこいいと思っている」と看破されて羞恥に頬を染めるが
表紙が黒いSFやファンタジーがカッコいいのは常識なので恥じることはない。
そして表紙が黒い本だけでなく、美しい絵が黒から浮かび上がって右上に縦書きのタイトルが出てくる本もカッコいいのだ。
「銃・病原菌・鉄」とか超かっこいいよね?
僕はタイトルと表紙のかっこよさに惹かれて本屋で即買いし、10ページ読んで即やめた。真面目なことしか書いてなくて退屈だったから。

でも表紙は超かっこよかった。

そして『竜のグリオールに絵を描いた男』の表紙も同じくらいカッコいいし、内容と来たら最高に面白いのだ。

僕はこういう本を本棚に持っておくのが憧れだったのだ。

内容も装丁も最高にイカス文庫が詰まった棚があるだけで人生は豊かになる。たとえ普段は一顧だにさえせず埃に塗れたままにしていたとしても。

僕はこの本を『サンティアゴ』と『タフの方舟』の間に挟んで並べるつもりだ。


そんな理由でこの本に関しては電子書籍じゃなくて本の形で持っておくのがお勧めよ。

本屋さんの棚でこいつを手にとってみればすぐわかる。わからなかったらnot fo you 僕とあなたとはそこが異なっているので気にしないで、ただ面白い小説として読むのだ。



そして解説よ!解説読んで興奮するのって滅多にない。ひょっとすると初めてかも知れぬ。

気になったこと、知りたかったこと、なんかもやもやして落ち着かないこと、全部を凄くフェアに解説してくれてて凄く良い。
読みながら感じたことを全部肯定してくれるような素晴らしい解説であった。
凄い愛着と熱量を感じるのにマニア特有のウザさがない文章って凄いぜ。