祈りの言葉を

ヨセフ・シンデルマンは飾り格子を通して午後の微かな光が差し込む薄暗い告戒室で
少し俯くと瞑目し、静かに祈りの言葉を呟いた。
何故ならば急にお腹が痛くなったからであり、その痛みがとても酷かったから。


ジャック・コルトレーンはショウウィンドウのガラスに頬を押し付けて、ピカピカに光り輝く真鍮製のトランペットを眺めていた。
彼は別に少年ではなく、特別にジャズに愛着があるわけでもない。経済的に不遇な訳でもないしもっと言うならば黒人ですらない。
彼はそろそろ40も半ばを過ぎようかというそこそこ成功した自動車販売業者で、妻と二人の娘がいる。
しかし彼は陶然とした表情で周囲の目を気にすることなく、楽器店のガラスに頬の脂を擦り付けながらうっとりとトランペットを眺め続ける。
なぜならば急にとてもお腹が痛くなったからであり、その痛みがびっくりするほど酷かったから。


バンクス夫人は空襲警報の不吉なサイレンを聞き、不安げに空を見上げた。
夜明けも間近だったが、ロンドンの街並みはまだ暗闇に沈んでいる。
遠くの方でくぐもった様な破裂音が聞こえていた。爆撃機を狙った高射砲の砲声だろう。
だが、大陸からやってくる巨大な怪鳥の群れに対してその数はあまりにも少なく、いかにも心細い。
やがてサーチライトに照らされた雲の間から、不吉な影のような怪鳥達が姿を現した。
彼らは不気味な風切音を立てながら、腹部に抱き込んだ黒いクレオソート丸薬を街に落とし始める。
彼女は防空壕の中で耳を塞ぐと、ひたすらに恐ろしい存在が過ぎ去ってしまうのを願った。
なぜならば急にとてもお腹が痛くなったからであり、その痛みがびっくりするほど酷かったから。



私は。




私は昨夜食べた物をリストアップしていた。
なぜならば急にとてもお腹が痛くなったからであり、その痛みがびっくりするほど酷かったから。
昼間ろくに食事を取らずにうろついていた反動で、夕食を貪るように大量に取った。
その後、パイナップル味のアイスキャンデーを2本も食べた。中にラムネの入ったものと、ちょっと上等な味の物と2種類を。
サイダーを飲んだ。氷をたっぷりと入れたとても冷たい清涼飲料水を。
それから夜食にソーセージの入ったロールパンを食べ、コンビニエンスストアで買ってきたスパゲッティをろくに噛みもせずに啜りこんだ。
唇には赤いケチャップが付着した。
そしてまた、氷で冷やした緑茶を飲んだ。
ぐびりぐびりと喉を鳴らして。


冷静になってみるとギャグマンガに出てくる小学生のような食べ方であった。


その結果、一人うずくまり、呻き声を上げる事も出来ずに脂汗を流してひたすらに痛みが去るのを待ちわびる羽目になった。


当然の報いであった。

救急車を呼ぶべきか真剣に考えながら私は祈りの言葉を呟く。
「神様、もう冷たい物ばかり食べたり飲んだりしません。どうか助けてください。」


私は祈る。


夏休みの小学生くらい真剣な顔で。


祈る。