その1:地獄の釜の蓋が開いたの巻

その日、ヴェルナ神聖国の聖都ミトリックは激震した。
長らく姿を現さなかった伝説的なラオの司祭長、ヘイゼン導師が民衆の前に姿を現し神託を告げたのだ。
かつてこの地上に存在したおぞましく呪われた数々の迷宮。
その中でも最も邪悪で最も危険と呼ばれた奈落の要塞へと続く門が再びこの地上に現れたというのである。

すなわち、大魔宮ラッパンアスクの復活であった。

勅命は下された。
かの邪悪なる墳墓寺院の入り口を閉じねばならぬ、と。
かくて、詔は宣言され、世界各地から勇士が集った。


「ラッパンアスクは入るまでがヤバイ。」
2001年の秋頃から誰ともなく囁かれる様になった警句。

初期の移動につきもののランダムエンカウントは海外モジュールに挑むPCにとってしばしば致命的になる。
肉を主食にする狩猟民族が考えるイベントの奔放苛烈さは日本人の想像力の限界を容易く飛び越えて銀河系遥か彼方を目指す。
遠足ではないので中に入ってからもヤバイのだが、生存能力の低い低レベルキャラクターがのこのことフィールドを歩いているとどうなるかは
フレイヤの坩堝」で嫌というほど味わった。


噂によればラッパンアスクに挑んだパーティーの8割が入り口を発見することも出来ずに死んでいくという。
震え上がりながら集合場所のミトリック南大門前に集合した4人+1人の英雄達にDMからす先生は優しく笑って言った。

「貴方達の最初の目的はラッパンアスク入り口に攻略橋頭堡となるテレポーターを設置することです。」
「テレポーターを設置することが出来れば、ダンジョンへの移動はスキップできます。」
「クリアが目的ですからね。」

菩薩の様な後光を放つDMを一同はひとしきり拝んだ。

「ちなみに入り口はどこにあるか分かりません。」

アルカイックスマイルを浮かべたまま、DMは巨大なフィールドマップを取り出して言った。

「この80マイルの海岸線沿いのどこかに入り口があります。」
「この森には」
彼は森を指差した。
「数十匹からなるトロルの山賊が巣食っているという噂です。」
「この丘陵地帯のどこかには」
彼は丘を指差した。
「数百匹からなるホブゴブリンの集落があります。あまり道からは外れないほうがいいでしょう。」
「ただしこの道は」
彼は南の街道を指した。
「夜になると1ダースの狼を連れたヴァンパイアの散歩コースになります。あったら死ぬでしょう。」
見る見る暗い顔になって黙り込む一同にとびきりの笑顔を向けるとDMは言った。
「だからといって」
彼は海を指した。
「海岸沿いに行こうなどとは考えないほうが良いでしょう。沖合いにレッドドラゴンが棲む島があります。海岸線は彼の縄張りです。」


ここまで聞いてプレイヤー達はキャラシートを引っつかむと部屋から脱出しようとしたが、既に出口は赤紙で封印されていた。


電撃棒で突かれて無理やりフィールド上に押し出されるPC達。
「果たしてこの中で何人が再び生きてこの大門をくぐる事が出来るだろうか…」
一応英雄なのでかっこよくRPはしたが涙目だ。

超びくびく顔の5人はシーコーストロードを南下していく。
季節は春。時はそろそろ午前の半ば。
だが、広大なフィールドのどこかに存在するラッパンアスクが撒き散らす瘴気のせいか、明るい風景も全て惨事を引き立てる演出にしか見えない。
辞世の句を捻り捻り歩いているとローグのラシードが「ン?」とつぶやいた。
このラシードは大層なローグ名人で彼が「ン?」と首をかしげるとそれだけで大層なトラップがあるという証拠であった。
ある日ラシードが茶店でお茶を飲んでいると、その茶碗を見つめて三回「ン?」と言った。
これは大層なトラップに違いないと一同が震え上がるとラシードは茶碗を持ち上げ
「これ、水が漏るなア」って言ったあとに
武装した人間の一団が接近してくるぜ。」と告げた。

最初の遭遇からNPCの集団かよ! と皆で腰を抜かしたが
やってきたのはヴェルナの街道警備隊であった。
「南のほうでレッドドラゴンの目撃報告があったそうだ。」などと縁起でもない。
敬礼をしてさらに南下する。


しばらくいくと川が流れており、石造りの橋が架かっていた。
その橋の袂にぽっかりと口を開ける幅150ftの穴。
すわこれがラッパンアスクの入り口か!とざわめく一同。
隊列を組みなおし、恐る恐る進入する。

しばらくいくと前方からなにやら穴掘り音。
偵察から戻ったラシードが困ったような顔で「アリだ。」
というのでサイードが見に行ってみると、巨大なアリ人間が数匹で脇道を掘っていた。
「どうする?やるか?」
「いやまて、なにしろアリだ。うっかりつつくと仲間がわらわらAddってメガトレインを引き起こすかもしれん。」
「Evac用のテレポートスクロールは高い。ここで使うわけにはいかないぜ。」
「Lullしろ、Lull!」
あまりのビビりっぷりにEQ用語まで漏れ出したが、ディテクトイーヴルを使ったら悪ではなかったのを大義名分にやり過ごせないか様子を見ることにした。

3時間ほど放置して戻ってみると立派な脇道が出来ており、アリ達の姿はなかった。

安堵のため息を吐きつつ前進する一行。
すると前方から吹きすさぶ風の音が響いてきた。
音のする方向に歩いていくと急に視界が開け、目の前には巨大な亀裂がぽっかりと口を開けていた。
幅にして数百フィートはあろうかという絶壁の反対側には岩壁が広がっており、行き止まりだ。
亀裂の底を覗き込んでみると、底が見えないほど深かった。
「じゃ、これ下におりるのかなあ…?」
「フェザーフォール?」
「フライ…はスクロール高いからなあ…」
「底まで行ったらオロロン岩とかありそうだなおい。」


ブツブツ言いつつ小石を投げ入れてみる一行。
3分待ったが石が地面に当たる音は聞こえなかった。

「うっかりフェザーフォールで飛び降りてたら途中で効果が切れて自由落下だぜ…」
ゾーッとした。
「よし、帰るか!」
亀裂は見なかったことにされた。