その3

ぽっかりと口を開けた地獄への入り口を見なかったことにした一行は空に脅えつつ、南へ向かう。
鳥だ、飛行機だ、レッドドラゴンだ。海岸線は赤い暴君、赤竜アルガナクの縄張りなのだ。
膝をガクガクさせながら幾つ目かも覚えていない砂丘を登ると、視界が開けた。
荒涼とした砂浜を抜けると、そこは沼地であった。
潮交じりの水が流れ込み、まばらな立ち木は不気味に捩くれて白骨のように枯れている。
ぼこぼこと不気味なガスを吹き上げる汚泥にずぶずぶと膝まで浸かった一行は泣きそうな顔になりながら先を進んだ。
沼地の泥の中に潜む嫌モンスターの数々が頭をよぎる。


「これで戸板とか落ちてたら僕は泣きながら国に帰ります。」

「同感です。」

暗い顔で呟きながら進む一行。ギリオンの馬が不安そうに嘶いた。
するとラシードが「おい、なんかあるぜ」って言ったので皆は一斉に「ヒッ!」って声を上げると武器を構えてガクガク震えた。
「落ち着け、ただの木だ。」アウカンの言葉で立場を思い出した残りの3人が前方を見てみると
一本の木が立っていた。

異様に巨大で歪に捩れた大樹であった。もちろん枯れている。夜になると根元から首のないクリストファー・ウォーケンが飛び出してきそうな風情だ。

そしてその枯れ木の上に、女の顔を持った巨大な鳥が数羽、世にも美しい声で奇妙な歌を歌っていた。

「げえっ!ハーピーだ!」
「いやまて!木の根元を見ろ!」


言われて木の根元を見ると、歌に聞きほれてうっとりした顔のダイアライオンが10頭ばかりお腹を見せてゴロゴロといっていた。
珍妙極まる光景に固まる一行。
するとハーピー達は歌いながら次々と急降下し、一頭のダイアライオンを血祭りに上げ、その肉を貪った。
「じ…地獄絵図だ…」

ドン引きの一同。
だが、歌に引き込まれた残りのライオンたちは喉を鳴らすばかりで逃げる気配も見せない。


「なんとおぞましい女怪……討ち果たすべきだろうか…」法の騎士ギリオン卿の正義がイグニッション。内部に錬金術カプセル装填器が組み込まれたラン
スを構えなおす。

「おい待て相手は飛べるんだ。そんな棒ッ切れでどうするつもりだ?」


冷静な指摘にグッとなると法の騎士ギリオン卿は馬の鞍に吊ってあった包みを解き、コンポジットボウに弦を張った。


「こいつであの綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるぜ。」

「綺麗か、これが。」


冷静な指摘と共にモンスターマニュアルのハーピーのイラストを見せられた法の騎士ギリオン卿はその醜さに涙したが、涙の輝きは面頬に覆われて
皆の目に入ることはなかった。
それはそれとしてアウカンも巨大な弓を取り出し、ニフルダード・サイードの両手には妖術の火花が散った。
一同が決戦の火蓋を切って落とそうとしたその時、弓を買い忘れてなんとなく輪に入れなかったマハーバラが呟いた。

「これ、あのハーピー倒したら下に寝てるダイアライオン起きますよね?」

「……。」

相手はダイアテンプレート付きの猫科肉食獣。陸上動物でも最強クラスのとびかかり能力保持者。

それが、9頭。

爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、爪爪牙、当たったら組み付いて引っかき×9。
 
「死んでしまいますね。」

「如何にもそのとおりにござる。」


枯れ木とハーピーは見なかったことにされた。
帰り際に「覚えてろよ!」って呟いたらハーピーがこっちみて「あぁ!?」ってメンチきったので
法の騎士ギリオン卿は視線を下に落とし、愛馬はやての君にそそくさと拍車をくれると仲間のあとを追った。