その8


見るも厭わしき壮麗さであった。


流された血で黒ずんだ玄武岩と、生贄を切り裂くナイフを思わせる黒曜石と、禍々しい黄金で彩られ

見る者を狂気に駆り立てる様なカッコイイレリーフ(生きながら怪物に喰われる人とか)がびっしりと彫り付けられた外壁は頭上の暗雲を貫かんばかりに

聳え立ち、寺院の屋根には墓場で燃える火の様な翠玉で作られた彫像の群れが一行を睥睨していた。

死の様な静寂であった。

未だ頭上では時折雷光が閃くにのも関わらず、何の音もしない。

一羽の鳥、一匹の鼠、地を這う虫の姿すらどこにもなかった。



異様な雰囲気に気圧される様に黙り込む一行。

それを横目で見ていたサイードが不敵に笑うと沈黙を破った。


「とにかく、ここが俺達の仕事場って訳だ。」

「あまり楽しい職場と言うわけにはいかなそうですね。」

「なぁに、最初がこれだけ酷ければ模様替えのし甲斐があるってものさ。」


砂漠から来たゼフの男は顎鬚を扱きながら口元を吊り上げ、マハーバラに片目をつぶって見せた。



■ニフルダード



一行の内で誰よりも闇の力に近づいた男であった。

なにしろウォーロックである。

砂漠の民はみだりに神にすがったりはせぬ。

灼熱の陽光と、焼け付く砂と、吹き付ける風が、彼らを打ち据え、強靭な精神力を育む。

結果、サイードの生まれた部族の民は皆、ソウルナイフのクラスを伸ばす。

将来設計などはない。

後日パーティーに入れて貰えなくて涙目になる事よりも今日を考えねば生き抜くことの出来ぬ過酷な砂漠の環境がそれをさせる。

ニフルダード・サイードは部族の異端者であった。

夜毎、星辰の動きから深淵と九層地獄に対する知識を学び、奇怪な儀式を行う彼を部族の民は頭のおかしい厄介者と軽蔑し、そして密かに恐れた。

相互扶助が生存には欠かせぬ砂漠の生活において、村八分同然の立場におかれたサイードが如何にして生き延びたのかは分からない。

だが、付き合いの80%を制限され、水場の使用にすら事欠き、文字通り砂を噛む様な暮らしをしながらもサイードは同胞たる民を恨もうとはしなかった。

「何故、そこまでして異端の業を求めるのだ。」

そう聞かれたサイードは星を見つめながらただ一言

「誰かがそれを成さねばならないからだ。」

と答えたと言う。

そして星辰は予定された通りの動きを見せ、ラッパンアスク復活の知らせが辺境の砂漠に訪れた夜

イードは一人、生まれ育った地を旅立った。

「時が来た。」とだけ言い残して。


一際強い風の吹くある夜、野営の火を絶やさぬ様に気を配りながらサイードがポツリと漏らした言葉を、ギリオンは忘れる事が出来なかった。


「深遠の奥深くに分け入る時、誰かが案内人を務めなければならない。」

「ラッパンアスクへと英雄を導く水先案内人こそが自分の運命なのだ。」と


暗黒の知識はそれを学ぶ者をも蝕む。


では、かの寺院へ到着した後はどうするのか。

口元まで出かかった質問を、しかしギリオンは飲み込んだ。

それを口に出すことで不吉な運命を招き寄せる気がしたから。

イードは自らの運命を全てを悟り、受け入れている者だけが浮かべられる穏やかな、静謐に満ちた表情で暫く炎を見つめていたが

ふと手を伸ばすと皮袋に入った酒を呷り、息をつくとニヤリと笑ってギリオンに差し出した。

その顔はもう、いつも通りの不敵な砂漠の男のものであり、宇宙の真理に身を捧げた預言者の気配は消えていた。




ラシードと共に一行の先に立ち、その技と見識を持って皆を導いて来たこの陽気な男の言葉に、一体何度救われたことだろうか。



一連の茶番が完了し、おもむろにBuffをかけ始める一行。


血塗られしラッパンアスクの伝説に名高い 緑の門番との遭遇を警戒してのことである。

「武器は+1のマジック、アラインウェポンオイル錬金術カプセルも用意した。」

「10や20ののDRに負ける騎乗突撃ではない!」


準備万端、鼻息も荒く寺院の正門へと足を踏み出す一行。


それを優しい目で見守っていたDMが優しい声で語りかけた。


「視認の判定をしてください。」



ラシードのゴーグルがスコープドッグのカメラ張りに回転するとアイズ・オブ・ジ・イーグルが装着され、物凄い達成値が宣言された。


肩をすくめて優しく微笑むDM。



「ではなにもわかりません」


「げえッッ!!!」


気がつくべきだったのだ。


叙情茶番を繰り広げている内に、一行は既に地雷原の只中に踏み込んでいた事を。


「噂からしててっきり、前庭にゴーレムでも突っ立ってるとばかり思っていたが…」



「これは…まさか……」


愕然としながら改めてラッパンアスクを見上げる一行。


立ち込める暗雲、閃く稲光に浮かび上がる邪なレリーフ、そして…



寺院の上でこちらを睨み付けるエメラルドで出来た彫像の群れ。



「わかった…俺わかっちゃったよ…」


「皆まで言うな、僕も分かった。」


「私もです。」


またしても黙り込む一同。
皆はなんとなく横目でチラチラとサイードの方を見たが、当のサイードは如何に彫像から離れた場所に立つかでマップとにらめっこをしており、それどころではなかった。


「こうしていてもラチがあかん。」


「確かにそうだな。」


「よし!かえ…」


DM「帰れねえよ」


「げええぇッッッ!?」


勢いをつけて一時撤退しようとした機先を素早くDMが制した。
範馬勇次郎張りに髪の毛をざわざわさせながら、後ろ手にゆっくりと部屋のドアを閉めるDM。


「これでもう…だーれも逃げられない。」


プロの格闘技選手ならばその言葉に逆上して「アンタ自分が今何言ったかわかってンのか?」と青筋を立てつつ聞くところだが、
みんなはプロの格闘技選手ではなかったので一斉にキャラクターシートを掴み取り、椅子を蹴って横っ飛びで窓に殺到し、決死の脱出を試みた。


「ここは通行止めだ。他を当たれ。」

「げえっ!ログナー!!」

素早く分身して退路を塞いだDMの放つオーラに威圧されてすごすごと死地に戻る一行。


「皆落ち着くんだ、幾らなんでもびびりすぎだ。たかが1手先手を取られたところで我々はフルBuff済み、ちょっとやそっとの事では小揺るぎもせぬ。」

「確かに。最初を耐え切れば幾らでも手の打ちようはある…。」

「活路は後方にあらず!ただこの剣で切り開くのみよ!!」



涙目で気合を入れる一行。

「やったらああああ !」


雄叫びと共にいさおしの主に拍車が入れられ、最早 鉄砲玉の群れにしか見えぬ法と善の軍勢は黒い門を潜り、ラッパンアスクの前庭に雪崩れ込んだ。