その8.75 アウカン

ついにパーティーは初の戦死者を出した。

はやての君の尊い犠牲を出しつつも逃れ続けてきた死神の爪が、一行に追いついたのだ。

敵は依然として無傷。4人しか居ない戦力の一角を欠いたこちらとの戦力差は絶望的なまでにはっきりしていた。


狂った様にサイードの名を呼びながら遺体に駆け寄ろうとするマハーバラに向かってアウカンが叫ぶ。


「よせ!お前まで死ぬな!このターンはまだ終わっていない!」


叫び、巨大なグレートソードを握り締めて正面を睨み付けるアウカンに向けて8体目のガーゴイルがおどりかかって来た。


その爪がアウカンを捉え、恐るべき麻痺を注ぎ込む。
だが、アウカンは止まらなかった。


「俺人怪wwwwwホールドパースン効かないwwwwwwサーセンwwwwww」


「げえっこの期に及んでDMにTaunt…ッッ!!」


「うるせええー!麻痺ンねえならフルボッコにして刻んでやんよおおお!!!」


眼前に迫る動かしがたい死を前にしてもアウカンは怯まなかった。

マハーバラは敵と自分との間に立ちはだかった巨大な巌の様なアウカンの背を呆然と見つめた。
巨大な剣が上段に振り上げられ、その背にうねる様にして太い筋肉が隆起するのを見た。


「ここは通さん。」



山だ。



マハーバラは思った。



山が聳えている。



巨大な山脈の様に動かし難い背であった。





アウカン・ヴィメイラガは、山の民ゴライアスの集落に生まれた。



人を寄せ付けぬ峻厳な山岳地帯に生きる狩猟採集民族であるゴライアスの社会は競争を重んじる。


環境に負ければ生存すら覚束ない山の気候がそれをさせるのだろうか。


子供達は幼い頃からお互いに競い合い、狩猟や戦いの技を磨きあう。


長じて部族の一員と認められた後はその技を持って部族全体の為に貢献するのだ。


そして身体の効かなくなった老人はひっそりと集落を去り、山の懐に抱かれて死を待つ。


ゴライアス達は皆、自らの老いを悟ると当然の様にそうする。


誇り高い彼らは、足手まといになるよりも、挑戦とその結果としての死を選ぶのだ。


その老ゴライアスも勿論のこと、自らに老いの影が差した事に気がついた時、里を去る決意をした。


山で生きる技と心構えの全てをアウカンに教えてくれただけでなく、何度も命を救ってくれた老人であった。


足を滑らせて崖の下に転落した幼いアウカンを救い上げてくれたのも


傷が元で発熱し、生死の境を彷徨う彼を救う為に切り立った頂上にしか咲かぬ薬草を取ってきてくれたのも


フロストジャイアントの狩猟隊に捕らわれた彼を単身救い出してくれたのもその老人だった。


「私もついて行きます。」

怒った様な口調でそう言い、挑む様な目つきで睨み付けるアウカンを見た老人は止めようともせず

「好きにすればいい」

と言っただけだった。この若者の気性を知り尽くした老人は、アウカンが何を言っても付いて来る事を知っていたのかもしれない。



半年の間、アウカンと老人は未だ人の足が踏み入れられた事のない高峰を旅して回った。


老人は授ける事の出来る教えを最後の一滴までアウカンに注ぎ込み、アウカンは乾いた砂が水を吸う様にそれを受けた。


そして身を切る様に寒いとある夜明けのこと。


最も高い峰の頂上から下界を見下ろしつつ老人はアウカンに告げた。


「お前の額には定められた運命の刻印が輝いておる。」


「果たすべき役目があったが故に、お前は村を出てわしに付き従う道を選ぶことになったのだ。」


「アウカンよ、お前は善の大儀に選ばれた。」


「お前はゆるグッドの為に生き、戦い、そしてゆるグッドの為に死ぬであろうよ。」


「見るがいい。」


そういって老人は東の地平から昇りつつある朝日を指した。

アウカンの運命を告げる矢の様に、その光は真っ直ぐにアウカンに向かって射し、その目を眩ませた。


甲高い声が響いた。


振り仰ぐと、見事な翼を持つ大鷲が一羽、朝日に向かって真っ直ぐ飛んでいくのが見えた。

その雄大さ、美しさにしばし見惚れたアウカンが我に返り、老人の方を振り向くと、老人は既に事切れていた。



アウカンは、オアースで最も高いその山頂に老人の亡骸を葬ると、大鷲が飛び去った方角へ向かって山を降りた。


長い旅であった。

ゴライアスの強靭な肉体と、身に着けた戦いの技は傭兵として戦場を渡り歩く彼を助け、その名を国々に轟かせた。


虐げられし者を助け、暴虐を働く君主を倒すために幾つもの国々を巡った。


その戦いの道程で、アウカンはラッパンアスクの復活と、その恐怖に怯える人々の顔を見た。


これか。そう思った。


これこそが使命なのだ。


このためにこそ自分は生まれてきたのだ。


喜びに身体が震えるのを感じた。


巨大な肉体の底から湧き上がる力が、身の内に高まり、押さえ切れなくなりそうであった。


この力を振るうべき使命を、俺は見出したのだ。


アウカンは笑った。晴れ晴れとした笑顔であった。


見た人の心になにか爽やかなものを覚えさせる笑みであった。


「必ずや使命を果たしてみせる。」



こうしてアウカンはヴェルナへとその身を運び、ラッパンアスク攻略へと向かう一隊にその身を投じたのだった。