その14 イエロー恐怖

唐突な襲撃であった。


ネズミ人間達の攻撃を退け、通路の向こうから聞こえてくる怪しげな物音にびくつきながら

発光する鎧の明かりを頼りに迷宮を進んでいた一行は、入り口から北に向かった先の部屋で妙な小部屋に行き当たったのだ。

あまり広くない正方形の部屋には塵にかえった書物を収めた棚(こちらも朽ちかけている)

粗末な木製のテーブルと椅子が二脚。

そして部屋の中央、一段高くなった台座の床にぽっかりと楕円形の穴が開いていた。


「なんだこれ」

「・・・便器?」

「便所にしか見えぬ」

「ラッパン便所ということか・・・?」

スーパー困惑顔で穴を見つめる一行。

びくつきながらも穴を見下ろしてみると、下には今居る部屋と同じ程度の天井の高い部屋があり

穴の真下にはおそらくこの部屋から投棄されたであろう数々のガラクタやゴミがうずたかく積みあがっていた。

「ゴミ捨て・・・場?」

「いやでもどう見ても便・・・」

便所だろうがゴミ捨て場だろうがこの手のガラクタの山にはお宝が混ざっているのは古来よりのお約束である。

誰が住んでいたのか、何に使っていたのかも判らない部屋であったが、お宝前提で辺りを見回すとこのみすぼらしい

お便所ライクルームもお宝を期待させる魅惑の謎を孕んで見える。


しかし


しかしであった。


問題はこの穴のあり方である。


狭い入り口、階段梯子等の上下移動手段の欠如、間口の狭さ故、上方からの援護を行う際の視界の悪さ


これらの要素全てがパーティーを分断した上で個別撃破する為のものとして立ち上がってくる。



いや、最早そうとしか見えぬ。



危険を探る為に単独先行したローグが組み付かれてしまえば上方から助け出す手段はほとんどなくなる。


下降後にロープを切り落とされてしまえば斥候は救助を待つしかない。


スパイダークライム?足元の空間に触手でグラップルを行ってくる生き物が居た場合、安全圏に戻るまでに乙る。


フライ?不意を討たれれば待ち受けているのはスパイダークライムと同じ運命だ。


インビジ?なんで組み付いてくるモンスターって大体振動感知とか鋭敏嗅覚とかで辺りを知覚するんでしょうか。


メンバー全員に3次元移動能力を付与する手段がない以上、ローグの単独斥候は危険すぎる。


魔法の使用が可能であったところでアンチマジックフィールドや昏倒のワードが刻んであれば一網打尽。


さらに全員そろって無事に下の部屋に降りたところで太刀打ちできない怪物が現れれば退路を限られた状況で


窮地に陥ることになる。


そもそも洞窟内部で下方に空間を発見した場合、有毒なガスや水が溜まっていることもあるのだ。


水中に沈んだ宝箱、流砂の中心に突き刺さったマジックウェポン等と同じ、状況で殺す系の罠。



恐怖に震えまくり、自らの影にも怯える一行の目には、便所ライクホールは最早そうとしか映らなかった。


「と、とりあえず松明に点火して下に投げ込んでみよう」

「ガスが溜まっているかどうかの確認も出来るし、下に怪物の類が潜んでいたとして火を見たら姿を現すかもしれない、よしんばガラクタに点火して火事になったところで炎がおさまってから探索すればいい」

「なんとも及び腰な有様ですが、突撃馬鹿よりはマシですかね」


へっぴりごしで投げ込まれた松明は固唾を呑んで見守る一同の前で

ゴミの山の中ほどから突き出た冷蔵庫ライクな白い箱に跳ね返って石畳の床に落ち、そのまま静かに燃え続けた。


「・・・ガスはなし、酸素は存在するようだな・・・」

「物音や火に怯える生き物の気配もなしですね」

「なんにもいないって・・・ことか?」

「じゃ、じゃあ・・・」

「フォ、フォンハイにサモンモンスターで小動物を出して貰って最初に下ろそう」


偏執的なまでのダンジョンフォビアであった


そこまでビビッてるのなら田舎に帰って就職しろって言いたくなるレベル。


ファルメールが王子であろうと、ギリオンがパラディンであろうと、プッチ神父が太陽を崇拝していようと怖いものは怖い

フォンハイは別に怖がってなさそうだったが、危険な場所に踏み込むのは馬鹿のすることだって顔に書いてあった。



だが


だが結局のところはその臆病さ加減が一行の命を救ったのだ。


フォンハイの呪文で呼び出されたジャイアントカブトムシがのん気な羽音をぶんぶん立てながら部屋の中に降りていく

それが床に降り立つやいなや、いきなり石畳の隙間、積みあがったガラクタの隙間からマスタードのような嫌な黄色を
した粘体が猛烈な勢いで染み出すと「ぼぷん」ってカブトムシを飲み込んだ。

半ば予想していたにも拘らず呆気に取られる一行の前でカブトムシは「ピギー!」って言うとジュッという音を残して

蒸発し、粘体に飲み込まれた。

「・・・・・・セコい小細工ばっかり上手になりやがってよォ・・・」

DMが口の端からボソリと呟いた言葉にPL一行は震え上がって抱き合った。

「よかった・・・ッ!」

「あのまま誰かを下に降ろしていれば・・・ッ待っていたのは避けられない死・・・ッ!」

「正解だった・・・!召喚クリーチャーを偵察に出したのは正解だった・・・ッ!」

喜ぶ一同を尻目にDMは冷たく言葉を続ける。

「では、不意打ちラウンドは終わった処理にしてイニシアティブを振ってください」

「え?」

「いやだって・・・あいつ下に居るままだし・・・」

「このまま上から矢とか射掛けて・・・」

「死んだって事でいいですか・・・って・・・」


「イニシアティブを振れクズども、あ、その前に魔法学で知識判定を行っても構わんぞ」

殺る気・・・!

このDMまだやる気・・・!

震え上がった一行はイニシアティブを振り、フォンハイが魔法学判定でびっくりするような達成値をたたき出した。


「よし!ならば教えてやる!こいつの名はミュータントキラーミミック!!この処理場に巣食い、投げ込まれたもの、近
づくもの、動くもの生きているもの全てを飲み込み消滅させるラッパンアスクファーストフロアのゴミ処理係だ!!」

「おい、ちょっとまて!まだ下の部屋にゴミ一杯あるじゃねえか!!ゴミ処理してたんじゃねえのか!」

「下の部屋になんにも無かったら誰も降りてこねえだろ!!」

「げえっ!!」

「ついでに言っておくとどう見てもスライムだが粘体じゃなくて超大型の魔獣だ!あと魔法は無条件で全部きかねえ

!炎で炙ると炸裂してガスを出したりするかもしれん!!」

「魔法はきかねえって・・・マジックミサイルみたいな力場も!?」

「力場も!!!」

「ふざけんなァ!!」

最早罵倒も悲鳴であった。



襲撃は唐突であった。


如何に備えようとPLの心の隙をつく。それが恐怖のラッパンアスク!


第一ラウンド、キラーミミックのイニシアチブの悪さを良いことに

声にならない悲鳴を上げながら幽霊をみた人みたいな勢いで部屋の出口に殺到する攻略隊。

その背後で「ぼびょぼっ」って音と共に床の穴から黄色い粘体(種別魔獣)が噴きあがってくる。

「クソッたれェー!!」恐慌に陥りながらファルメールがスパイクトチェインを振り下ろすが、振り下ろされたチェーンは

ミュータントキラーミミックの厭らしく沸騰する黄色の体表に触れた途端、くっついて取れなくなった。

「だから言ってんだろうが!ミミックだってよォ!」

「ぎゃあ!トラップカードオープン!」

おまけにくっついたスパイクトチェインは目の前で見る見るうちにシュウシュウ煙を出して溶けていく。

「魔法もダメ!物理攻撃もダメ!」こんなもんどうやって倒せってんだ!」

「たまんねえよな!自分だけズルして無敵モードってのはよおおお!!」

次のターン、殿に立ったファルメールに向かってびょっと黄色い触手が伸びる。

ド命中で酸ダメージが24点。そのまま組み付きに移行イング。

「組み付き成功したら毎ラウンド酸ダメージな!!」

「ファルメール逃げて!逃げてぇぇぇ!!!」

「ら、らめえええ」

悲鳴を上げながら振られた対抗判定のダイス目は20.


ファルメールが太極図の形に手を動かすと黄色の蝕椀はびょばって音と共に跳ね返され、壁に当たって飛び散ると

本体に吸い込まれた。

「これが俺の卍解…!」

「余計な事言ってDMを挑発すんな馬鹿!」


「ダメだ!現状では勝てん!」

「RUN!! RUN!! 」

「にげwwっわwwwああ」

壊走するパーティー特有の悲鳴を上げながら一斉に入り口のテレポーターに向かって走り出す一同。

その後を通路を埋め尽くすようにして沸騰しながら雪崩の様に追いかけるミュータントキラーミミック

半泣きになりながらテレポーターに飛び込んだ一行が最後に見たのは、テレポーターに覆い被さるように膨れ上がり

広がったキラーミミックの蝕椀であった。



共通暦591年、鷹の月の第4日。

エピックな影を背負って再度探索に旅立ったラッパンアスク攻略隊は

半日もしない内におしっこ漏らしてテレポーターの真ん中にへたり込んでいるのを発見された。

この事は国家機密として情報統制が引かれ、国民の耳に入ることは無かったが

攻略隊の受けた屈辱はちょっとやそっとでそそげるものではなかった。

かくなる上はやっぱりオルクスぶっちめるしかない…。

一行の決意はますます固く、社会復帰は遥か遠くなった。