その15-2 地下120メートルの伊達男


プレートメイルがガチャガチャなるくらいガクブルしながら溜息のように静かな歩みで地下一階を奥に進むと、下に続く階段が現れた。

現れたからには降りるしかない。グズグズしていると後ろから黄色い悪魔が突っ込んでくる可能性もある。

だが、ここはラッパンアスク。天下御免のデスダンジョンである。

階層を1つ降りた瞬間に敵のレベルが5くらい上がって、粉微塵に磨り潰されるかもしれない。

行きたくない。でも行かなきゃ。行くと死ぬ。でも行かなくても死ぬ。

ジレンマに挟まれた一行がペチャンコになりかけながら逡巡を繰り返していると

ラシードの鋭い耳が人の声を聞きつけた。

このラシードは大変なローグ名人であり、トラップのおよそ7割を発見してくれるとても優秀なヘンチマンである。

時々見つけてはいけないものも見つけるが、その眼識は大変なものであるから、一行は彼の知覚チェックに大きな信頼を寄せていた。


「おい、どうもこの脇道の先から合流したい新キャラみたいな人の声がするぜ?」

「なんと!ということはこの先はシナリオには載っていない新規参入プレイヤーの為の合流シーンということか!」

「いやまて!ここはラッパンアスク。合流シーンすらシナリオに書かれた罠かもしれない…」

「確かに…」

「ゲームが進まないんでお前らいいかげんにしろ。」

「すみません」

怒られたので素直に謝ると、一行は2秒に1回「罠チェックします!」って宣言してまたしても叱られながら脇道を奥に進んだ。

するとそこには無残にぶっ散らばった冒険者数名の死体と、彼らと争って命を落としたと思しき矢襖になったワーラットの死骸が
ゴロゴロしていた。

その死体絨毯の向こう側の壁に、仕事の出来る強キャラの顔をした男が一人、血の滲んだ包帯を全身に巻き付け、肩口にロングボウを抱くようにして

座り込んでいた。

彼の鋭い眼光と無精髭、火の付いていないくわえ煙草は、彼が特技スロットのためにファイターとマルチした由緒正しき弓レンジャーであること。

でも気がついたらファイターレベルばかり上昇させて実のところファイターであること。

後方火力はフォンハイに頼りっきりのラッパンアスク攻略隊にとっては福音というべき遠距離支援攻撃を得意としていることが見て取れる。

男は信じられない、という表情でしばらく一行を見つめると、存外陽気な声で話しかけてきた。

「よう、あんたら。アンタらがくたばり損ないの見てる幻影でないんなら、ちょいと火を貸しちゃくれないか?」



・マーヴェリック ヒューマン レンジャー/ファイター 属性:真なる中立  PL:中村やにお

マーヴェリックはギャンブラーである。

カード、サイコロ、ルーレット、なんでもござれの大博徒

蛇の目すらも射ぬく弓の腕と、3回続けて6のゾロ目に賭ける糞度胸、盗賊神オリダマラの神官相手にイカサマを仕掛ける面の皮の厚さを持っている。

彼はなんかポーカーの大会に出て大儲けするための資金稼ぎに仲間と一緒に昔ながらの冒険者をやっていた。

とある村を襲ったコボルト軍団を殲滅する為に近場の洞窟に潜ったらゴゴゴゴッて音がして大地が鳴動し

チュートリアルダンジョンだった筈のコボルト穴はラッパンアスクに吸い寄せられた。

攻略隊がヒーヒー言いながらラッパンアスクの入り口を探している間、マーヴェリックと仲間たちは

モリアの坑道で孤立したドワーフ張りのマジ勘弁籠城戦を繰り広げており

ついに最後の生き残りとなり深手を負った彼が人生最後のタバコに火をつけようとし、火口箱を無くした事に気がついて

神に悪態をついたまさにその時、攻略隊が現れたのだった。


キュアライトウーンズよりも効率がいい事から攻略隊の治療キットに選定されたヴィゴーワンドがブンブン振られ

マーヴェリックの傷は癒された。

「この呪われた穴蔵にはもうウンザリだが、仲間達の仇もとってやりたい」

「無理をするな。ここは挑む者の心を蝕む瘴気に満ちている」

「オルクスの呪われた鼻面に俺様の矢を…こう…バキューンって撃ちこんでやりたいしな…あともうロールプレイとか別にいいから俺戦闘したい」

「いきなりバランスを崩したな」


かくて5人目の英雄(ヘンチマン除く)を仲間に加えた一行は、ついにラッパンアスクの地下2階へと足を踏み入れる勇気を得た。

別に一人が食われている間に残りの4人は逃げられるとかそういう事を考えていたわけではない。

皆はひとりのために、ひとりは皆のために。

お前の死は無駄じゃない。それを通して俺達が精神的に大きな成長を遂げてやる。だから安心して階段を降りるんだ。

心の中に醜い争いの種を抱えたまま、勇壮な行進は続く。