プッチ神父[TRPG][D&D][ラッパンアスクの思い出]

プッチはそこそこ裕福な商家の三男坊として生まれ、幼い頃からその頭の良さで両親を喜ばせた。

年の離れた長男は既に商家を継ぐために父親のもとで仕事を学び始めており

次男も長男を補佐する役目を期待されて勉学を続けていた。

三男であるプッチに期待されたのは、一家のマスコットとして一身に愛情を受けて育つことだけであった。

それが変わったのは11の歳の事だ。

知識欲旺盛なプッチは優秀な家庭教師を付けられ、欲した本は全て買い与えられる環境下で

すくすくと成長し、その利発さを見込まれてペイロア教団の見習いとして寺院に引き取られた。

既に商工会内でも成功し、財力、影響力を備えた一族の次なる飛躍の一手となるべく、静かな期待を背負った道行でもあった。

ペイロア教団内でもプッチはその知恵と卓越した判断力でみるみる頭角をあらわし、出世を続けた。

そしてついに、輝けるペイロアの使徒と呼ばれ尊敬を受ける高僧の地位を得たのである。

一族はその繁栄に喜びに沸いた。

だが、そんな中でもプッチ神父は変わらず、静かに日々を過ごしていた。

彼の求めたものは全て与えられた。

努力は必ず身を結び

常に満ち足りた人生を送ってきた。

何時の頃からだろうか。

そんな人生に退屈を覚え始めたのは。

本気で悲しんだことがない。

本気で怒ったことがない。

本気で喜んだこともなかった。

こんな自分は本当に生きていると言えるのだろうか。

そんな疑問が常に心の中にあったのだ。

静かな自問自答が続き、答えの出ないまま時間だけが過ぎていく。

真綿で包まれたままゆっくりと埋葬されるような感覚を覚え、自らの内に育ち始めた狂気に彼は静かに怯えた。

この恐怖は本物だろうか。私は怯えることでだけ本当の生を生きているのだろうか。

黎明の太陽に、沈む日輪に問いかけても答えは出なかった。

そんな時だった。ヴェルナのラオ教団から助力を請う使者が訪れたのは。




「愚かなことをしている」

プッチ神父は自らの行いをそう認識していた。

この球体に触れることで何かが起こる。

それは致命的な結果をもたらすかもしれない。

だが、その逆に、彼とその仲間達を助ける事になるかもしれない。

自らの命を賭け金にした愚かな賭けであった。

なぜこんな事をしてみようという気持ちになったのか。

あの男。新しく仲間に加わったマーヴェリックという名のレンジャー。

彼はよく喋った。歩きながらも喋ることをやめなかった。

カードテーブルを囲んで過ごした数えきれない夜のこと。

ドラゴンの牙で造られたダイスが振られる山頂の大賭博場のこと。

自らの命をかけて行った賭け、その対価として手に入れた莫大な富や美女のこと。

そして一晩で全てを失い、身一つで逃げ出したこと。

一発逆転を狙って挑むつもりであるポーカーの大会のこと。

マーヴェリックは身振り手振りを交え、さも嬉しそうにそれらを語った。

彼にとって人生はギャンブルのようなものなのだろうか。


「あいつらは運がなかった」


死んだ仲間達の事に話が及んだ時、それまで饒舌だった彼が一瞬黙ると、ぽつりと呟いた。

それが彼流の死を悼む言葉である事は、プッチにもわかった。

なんと愚かな。

なんと愚かで心踊る生き方なのか。

プッチ神父の顔にゆっくりと笑みが広がっていく。

私は変わるだろう。

仲間と共に命を賭けて使命に挑み、一瞬の火花のように激しく燃える生き方。

時に愚かさを許容し、蛮勇をかざして大業を成す、そんな人間に。


今はじめて、プッチ神父は心の底から笑っていた。

人生は思うがままに行かないから面白いのだ。

死ぬか生きるか、二つに一つ。

子供のような笑い声をあげながら、プッチ神父はペイロアの名を呼び、右手を球体に伸ばした。





扉の前で固唾を飲んで神父を待つ一行の耳に、鋭い炸裂音が響いた。

同時にドアの隙間から猛烈な冷気が吹き出てくる。

慌ててドアを開いた一行が見たものは、部屋の中を轟々と吹き荒れる吹雪と、その中心で氷の彫像と化したプッチ神父の姿であった。


オティルークス・フリージング・スフィア。


本来、瞬時に周囲を氷結させて消え失せる筈の高位攻撃呪文の魔力が、如何なる驚異か銀色の球体の形に固定され

部屋の中央に浮遊していたのだ。

生ける者の手がそれに触れた時、冷気は悪意を持って牙を剥き、プッチ神父に15d6(うろ覚え)の冷気ダメージを浴びせた。

DMが淡々と振ったダメージダイスは結構な数値をたたき出し、神父はひとたまりもなく、凍りついて命を落としたのだ。


愕然とする一行の目の前で、笑みを浮かべたままの神父はゆっくりと仰向けに倒れ

床に激突すると木っ端微塵に砕け散った。


ペイロアの誉れ高き使徒、一族の誇り、エンリコ・プッチ神父はこうして命を落とした。