チャーリー・ヒューマン著 安原和見訳 『鋼鉄の黙示録』

鋼鉄の黙示録 (創元SF文庫)

鋼鉄の黙示録 (創元SF文庫)


高校生がオカルトハンターの力を借りて都市の影に潜む闇の存在と戦い、恋人を救い出そうとする話。

よくある。

でも主人公がサイコパスマキャベリストで学内ギャングのリーダーで、主な収入源がポルノの密売なのはあんまりない。

冒頭から暫く続く灰色の学園生活。自分の役に立たない人間は”NPC”と呼んで蔑む主人公バクスター

中学校からの友達も気が弱く、つるんでると自分まで舐められるという理由で切り捨てた。

障害のある兄を見ていると苛立って殴らずにはいられない。

びっくりするほど屑だ。

彼の自分勝手な弱肉強食、無情のスクールライフは割と読んでて気が滅入ってくる。

こんな主人公好きになれるかァ!

だが、それも彼の恋人が連続殺人事件に巻き込まれて行方不明になるまでだ。

恋人の失踪と、事件の被害者になった可能性が高いことを聞かされ調査を始めたバクスターは、自らの内に存在する愛を自覚し、暴走を始める。

現場に残された手がかりから関与を疑われた、街で一番ヤバいロシアンマフィアのボスをいきなり誘拐し、激怒するボスをどつきまわして情報提供を迫る。

そして彼の口から地下ケープタウンの案内人とも言うべきジャッキー・ローニンの名が告げられる。

彼の力を借りるしかないと。


ジャッキー・ローニンは超常現象専門の賞金稼ぎであり、呪術に長けた薬草医だ。

赤毛でひげ面の不機嫌な中年男であり、アパルトヘイト時代には政府の秘密セクションで活動していたらしい。

彼が使う拳法は今から1300年前、中国のドワーフ寺院玉茎寺で編み出された侏儒拳、ドワーヴンカンフー”無情不死酔拳”。北派の流れを汲み、余りにも危険なために”過剰技”とまで呼ばれた必殺の内家拳だ。


とりあえずこの辺りで寝言力が飽和し始める。

しかもこのエピソード本編に殆ど関係ない。

関係ないが、チャーリーさんは「思いついちゃったから書かないともったいない」とばかりに無情不死酔拳と開祖にまつわるエピソードを延々書き始める。

翻訳も冴え渡り、気の狂った名文が数ページに渡って炸裂する。

身も蓋もない話をすると本編に関係ないこの箇所が多分この本で一番面白い。

でも一族につきまとう狂気の影、アフリカの神々、ゾンビを操る”蜘蛛の女王”、貧民窟の人喰い精霊、政府秘密セクションの呪術師(サンゴマ)、ボーア戦争といった魅惑のガジェットとエピソードはやっぱり面白くってよ。

ジャッキー・ローニンの力を借りてもう一つの隠された世界に足を踏み入れる主人公。はたして恋人を助け出すことはできるのか……?

終盤の割と豪快な展開もご愛嬌。オススメです。


翻訳文も細かいニュアンスや内容を見事に再現したそれはそれは読みやすく美しいものなんざますが(上記のドワーフカンフー周りとかもう最高)「隠れ族」「恐ろし族」っていう訳語だけはなんとなく間が抜けてるからあんまり好きじゃないわね。

僕の知らぬ伝統的文脈に則した単語チョイスなのかもしれないけど。