ダニエル・フリードマン著 野口百合子訳 もう過去はいらない

もう過去はいらない (創元推理文庫)

もう過去はいらない (創元推理文庫)


ノルマンディー上陸作戦に従軍し、そこから生還した男。1957年から62年まで、メンフィスの悪党の死因第一位と恐れられた元刑事バルーク・シャッツ、通称バック・シャッツが主人公の第二弾。


前作ラストで重症を負い、そのまま介護付有料老人ホーム「ヴァルハラ・エステート」(なんちゅう名前だ)に妻と入所することになったバック。


4ヶ月に渡るリハビリの結果、やっと起き上がれるようになったけどもう歩行器なしでは歩けなくなった。


リハビリに悪態をつき、食事に文句を言い、ムカつく隣人の安楽椅子を手斧で破壊したりしながら諦観の中で暮らすバックのもとにかつて彼が取り逃がした盗賊イライジャが現れる。

「手を貸して欲しい。このままだと私は48時間以内に死ぬ」


本編は1965年、黒人権利運動の高まる中で行われた銀行襲撃事件の回想と現代を行ったり来たりする形で進行する。


ノルマンディー上陸作戦に参加したバックとアウシュビッツの生き残りであるイライジャ。


共にユダヤ系の二人の、だが対照的な社会に対する捉え方を交互に描きながら2つの事件の顛末が語られるのだ。


あと1965年当時のメンフィスの刑事が如何にアレな感じだったかの描写が実にヤバくてヤバイ。

こっちの顔見て逃げる奴がいたら車で追跡して跳ねる「警官から逃げるからだ」


舐めた態度とった容疑者はブラックジャックで障害が残るまで殴る「これでこいつはもう誰も殴れない」


禁煙の場所で絨毯を見たらとりあえず煙草の灰を落とす「コーヒーもこぼしたが美味かったので心苦しい」


散々喧嘩を売っておいて相手が殴りかかってきたら銃撃する「病院に行きたかったら知ってることを吐け」


以上、主人公の得意技ですが現代が舞台だと完全に悪者のマニューバだ。


そして見どころは前作にもまして磨きのかかった耄碌イベントの数々よ。


特に怪我をして救急搬送された病院で意識が戻るシーン、心配して訪ねてきた孫の声を死んだ息子と勘違いし、息子ではなく孫だと思いだし、「息子は何をしてるんだ?……ああ、そうだった……」って徐々に現実に対応していく流れは


マジカッコいいわよ。自らの衰えと老いに対応してるけど心の一部では認めきれずに妻に窘められたりするの超イカス。


枕元に親族が集まってる老人が意識を取り戻すだけのシーンなのにマジクール。


歩行器ついてぷるぷるしながら「60年台ならお前を撃ち殺してやったところだ」って出てくる老人とか今まではギャグだったのに、これ読んじゃうとハードボイルドで悲壮なカッコよさをまとって見えてくるから面白いわよ。