大尉の盟約 ロイス・マクマスター・ビジョルド著 小木曽絢子訳


マイルズ・ヴォルコシガンを主人公とした、ロイス・マクマスター・ビジョルドの連綿と続く人気シリーズ、最新作にして番外編。


人類が外宇宙に進出した遥かな未来、ワームホールの消失にともなって人類文明から切り離されていた惑星バラヤー。

ワープゾーンを通って超遠くに国を作ったら、いきなりワープゾーンがなくなって孤立無援。

”孤立時代”と呼ばれる数百年の内にバラヤーはロシアの貴族制度と日本の武士階級をごちゃ混ぜにしたような奇妙な封建主義社会を築き上げていた。

ぶっちゃけると銀河英雄伝説の帝国っぽいあれになった。

狂える皇帝たちの血塗られた統治、裏切り、策謀、うんざりするような報復の連鎖。


だが、突如として新たなワームホール航路が見出され、バラヤーは銀河ネットワークに復帰した。

数百年の時を未開の星で過ごした野蛮人達の帰還である。

厳密に管理された遺伝子バンクとバイオテクノロジーを中核に据えた統治が行われ、最早半分ポスト・ヒューマンに足を踏み入れかけている超越者の帝国セタガンダは早速戦略的要衝としてバラヤーを占領したが

どっこい、600年間戦国時代を続けていたバラヤー人は洗練と程遠い無限の闘争心でスーパー泥臭いゲリラ戦を展開。


圧倒的な技術格差を持っていた筈のセタガンダ人をげんなりさせ、ついには惑星の独立を勝ち取り、挙句最新のテクノロジー武装して近隣の星系に侵略を開始した。


ゲッター線に導かれた人類ばりの勢いで拡張を続けるバラヤーの歩みは、狂える皇帝の死と帝位継承を巡る内乱の後、幼い皇帝が玉座に座るまで続いた……


という辺りの時代を誕生日に持つ主人公マイルズ・ヴォルコシガンさんは


解放戦争、拡張戦争、内乱と非常に大きな役割を果たし、皇帝の摂政として高い地位にある英雄アラール・ヴォルコシガンさんの息子だ。


だが、彼の母(この人物もメガトン級の無敵超人だ)は彼を妊娠中の内乱の最中、毒ガス攻撃を受けた。その影響でマイルズさんは全身の骨格形成が未熟な状態で生まれた。

アンブレイカブル』に出てきたサミュエル・L・ジャクソンくらい骨が折れやすく、身長も140cmくらいしかない。


古代スパルタばりに封建的かつ閉鎖的、激烈保守な軍事帝国でそんな身体に生まれたら普通は成人前に命がないが、マイルズさんは惑星の最高権力者の息子だったので生き延びた。


だが、同時に彼には青い血の重い責任がのしかかる。誰よりも貴族の義務について自覚的なのに身体が弱くて軍の試験に受からない。


あまりに誇り高いが故に、放蕩息子にもなれないマイルズさん。だが、彼は悪魔のように頭が切れた。

「正規軍に入れないなら傭兵部隊を作って国家に貢献しよう!俺は俺の艦隊を手に入れる……!!」



そんなマイルズさんが持ち前の知略で成り上がり、ついには微妙な均衡の上にあるバラヤー帝国と周辺惑星との軍事バランスを保つ存在にまでなっていくシリーズなんざますが(やたら長くなったけどここまで前提条件)

本作はシリーズの名脇役、マイルズの従兄弟にして帝国軍作戦本部庁長官補佐であるイワン・ヴォルパトリル大尉を主人公に展開するのよ。


シリーズ第一作(厳密に言うと多分第四作目なんだけどマイルズが主人公の一作目)『戦士志願』で初登場した時は、若さのカッコ悪い面を煮詰めた様に軽はずみで、浅はかで、デリカシーのないアホジョックスだったイワン。


ハンサム、高身長、筋骨たくましいプレイボーイながらもおつむの中身は空っぽで、身体的ハンディキャップに苦しむマイルズのコンプレックスを炙るために生まれ落ちたように見えた。


ところが、シリーズが続く内にマイルズが無敵超人へと変貌を遂げ、パワーレベルの上昇についていけなかったイワンは憎めないコミックリリーフ、マイルズの親戚づきあいと日常の象徴としての立ち位置に落ち着いていく事になった。


華の独身貴族、仕事は可もなく不可もなく、といった感じだったイワンの内面が描写され、彼がお気楽な性格はそのままにそれなりに思慮深くなり、人生哲学を身につけ、「あいつがいると雰囲気が明るくなる」系主人公に変貌しているのが分かってシリーズファンとしてはニッコリものね。


そしてシリーズとしてはデンジャーなイベントの殆どは終わり、そろそろグランドフィナーレが見えつつある作品なので深刻なイベントはあまり起きない。


イワン・ヴォルパトリルが出張先の惑星でナンパすることになった女の子を、惑星当局の好ましくない拘束から助ける為に彼女と偽装結婚するに至った経緯と奇妙なロマンスの顛末が語られ

バラヤーの文化的発展がまた一歩進む。そういう感じの内容よ。


僕はシリーズの大ファンなのでにっこりしながら読み、未訳の最後の一冊(でも完結はまだ)を楽しみに待ちわびるのだ。