トマス・スウェターリッチ著 日暮雅通訳 『明日と明日』

明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)

明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)


テロリストの核攻撃でこの世からピッツバーグが消滅して10年。


主人公ドミニクは妻を失った悲しみを埋められないままに、仮想現実上のアーカイヴに再現されたピッツバーグでテロ被害者へ支払われる保険金の調査員をしていた。


ドラッグとアルコールに溺れ、ボロボロになったドミニクの唯一の慰めは、アーカイヴ上に再現された自らの妻と共に過す事。


中毒症状でぼろぼろになり、一日の大半を幻の故郷で過ごすドミニクは廃人寸前だったがそれ故に調査員としては非常に優秀だった。


そんな彼が改ざんされたアーカイヴ上の記録と、明るみに出ていない殺人の被害者を見つけ出してしまった事から、虚構と現実が入り交じる事件に巻き込まれる……って感じのお話ざます。



脳に直接埋め込むタイプのネットワーク端末アドウェアの設定が、市民の大半が脳の一部と脊髄を統合制御用インプラント”IANUS”に置き換えている設定の『トーキョーN◎VA』と被っててニコニコしながら読んだんざますが

今や外科手術なしのナノマシン投与で置き換えが完了するIANUSと違って、本作のアドウェアは街角のショップで携帯買うくらいのカジュアルさとはいえ、埋め込みに外科手術を必要とするのが

なんか面白いわね。「お脳の方かゆい所ないですかー?」みたいな歯医者チックなシーンもある。



生活は破綻寸前でアドウェアも中古の型落ち品、アーカイヴへのアクセスは公共の無料Wi-fiを使用する有様だったドミニクさんは


殺人事件の発見を発端にアドウェア開発者の大富豪に雇われ、アーカイヴ上のピッツバーグから存在を抹消されてしまった彼の娘を探して欲しいとの依頼を受ける。


これがまた新たな事件への入り口だったわけなんだけども、この時大富豪はドミニクさんに最新型のアドウェアと使い放題の高速回線を与えるのよね。


謎の金持ちが主人公に依頼をする時は、最新型のインプラントを与えるってパターンは

ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』や

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ジョージ・アレック・エフィンジャーの『重力が衰える時』へのオマージュっぽくて楽しかったです。


行方不明の富豪の娘を追跡すると、彼女が記録されていたはずの時間と空間には不自然に存在を編集された謎の女Botがおり、でも彼女の周囲を探っていくと動きのつなぎ目とつなぎ目や

街のショーウィンドーに反射する姿の中に時折、消されてしまった富豪の娘の姿がかすかに映ることがある……っていう追跡シーンは凄くかっこよかったです。


中盤以降はSFっていうよりはジャック・カーリイの『毒蛇の園』(金持ちは堕落していて邪悪で恐ろしい事をしているんだ)みたいな感じになっちゃう(ちゃんとニューロマンサーっぽくもある)んだけど

毒蛇の園 (文春文庫)

毒蛇の園 (文春文庫)


この話の面白いところは妻を失った主人公の悲しい生活と

21世紀初頭の今現在を前提にした近未来のネットワークと仮想現実の描写

それから、技術を駆使して記録を改ざんし、人一人を存在しなかったことにしてしまう手口とそれを追跡する捜査シーンだと思うので細かいことはいいのだ。


捜査を続けるドミニクの前に現れた謎の男”ムック”(モブ、雑魚キャラの意)の
「これ以上首を突っ込むのなら、私は君の妻の記録をアーカイヴ上から消し去ることが出来る。君が心の支えにしているものに二度と会うことが出来ないようにしてしまうことが出来る」って脅しがかっこよかった。

「二度彼女を喪うのは耐えられない」

この主人公の闘争心ゼロで即座に折れる心のありさまがブレなくて好感を抱いてしまったのだった。