俺とD10
前日譚『おじいとD6』 http://d.hatena.ne.jp/Kurono42/20051113
タカヒロが死んでから10年の月日が過ぎた。
タカヒロは村一番のD6撃ちだった。
タカヒロの祖父もD6名人として名を馳せた。
その祖父が天羅万象と相打ちになって天に召された後も、タカヒロはD6を撃ち続けた。
タカヒロは常に60数個のD6を持ち歩き続け、シャドウランだろうとアルシャードだろうとアリアンロッドだろうと危なげなく狩った。
タカヒロのD6の前に敵はおらず、神話級のデータを前にしても彼のD6が尽きることはなかった。
彼のD6が卓上を転がる小気味良い音は常に勝利を運び、タカヒロが敗れるところなど、想像するのも難しかった。
”奴”に出会うまでは。
『ダブルクロス』それは裏切りを意味する言葉。
”キュマイラ”やつはそう哭いた。
”ハヌマーン”風がそう呼んだ。
全てのロイスはタイタスとなり、凄まじい数のD10が要求された。
JGCの要塞ホテルではやつを倒すためだけに専用のD10が大量のセットで売りに出され、飛ぶように売れたこともあったという。
タカヒロはD6撃ちだ。
D10は持っていなかった。
ああ、D10。
D6がダイスの王ならD10は女王だ。
2色色違いのD10があればBRPだろうとその眷属だろうと、女神転生だってしのげる。
1つが10の位。もう1つが1の位だ。
45口径拳銃、狩猟用ライフル、両手に握ったバスタードソード。
平均より上の火力を求めるものたち全ての要求に答えてくれる、それがD10だ。
俺はタカヒロの幼馴染だった。
俺の弟もそうだった。
弟はD10を愛していた。
だがD10だけを愛しすぎたのが間違いだった。
弟の名はアキヒコ。
アキヒコはShadowrun2ndに喰われて死んだ。
D10しか持っていなかったから。
タカヒロは泣きながら俺に謝った。
自分に勇気がなかったからアキヒコを助けられなかったと。
自分はShadowrunによくきくD6をたくさん持っていたのに、と。
気にするな。俺はそういった。
村に押し寄せたShadowrunの群れは物凄い数だった。
例えタカヒロが応戦していたとしても、北壁の見張り塔に居たアキヒコが助かっていたとは思えないと。
だが、俺は心の何処かでタカヒロが上手くやらなかったことを責めていたし
タカヒロもそれに気づいていた。
俺達の間には気まずい沈黙が流れ、それはそのまま溝となって俺達の友情を隔てた。
タカヒロがD6の修羅になっていったのはその頃からだった。
俺はD10を常に20個持ち歩く。
そしてD6も20個。
タカヒロの形見だ。
俺は常に備えを怠らない。
小さな小さなタカヒロの棺。
掌に乗るほどしか残らなかったタカヒロ。
あれほど強かったタカヒロ。
俺の恨みがましい目を背負ったまま戦い続けた幼馴染。
俺が死に追いやった男。
そんなあいつの生きた証を立てるためにも俺は勝ち続け、生き延び続ける。
RQ、CoC、ロードス、メタルヘッド、ゴーストハンター、ガンドッグ、真・女神転生。
俺はD10とD6を使って恐ろしい怪物たちを屠り続ける。
ダブルクロスの仔、その孫、どんどん鋭さを増す一族と戦い続ける。
ブレイド・オブ・アルカナ。D10もD6も効かない。
だが俺には備えがある。
D20。異国より到来した3つの異形のダイス。
遥か海の彼方ではこれを使って子供たちが数字を学ぶのだという。
俺にはそんな数学は想像もつかない。
だが、こいつの大口径があれば海の向こうからやってきた怪物とも渡り合える。
5%刻みで確率を支配するこいつと手に馴染んだD10、そして友のd6を組み合わせれば。
原初の竜。
地下牢に潜む、はじまりの怪物の噂を聞いたのはその頃のことだ。
そいつはこの世で一番最初に生まれた怪物だという。
数え切れないほどの猟師を食い荒らしてきた伝説だという。
複雑な換算式に基づく鱗は暗算に慣れぬ戦士に命中判定を許さず
ダイスを使い分ける機知を持たぬものを食い荒らすのだと。
村の連中は俺を止めた。
相手は大自然の暴威だ。嵐のようなものだ。
雷雲に槍をかざしても得られるのは死だけだ。
地下に篭ってやり過ごすべきだと。
ふざけるなと俺は言った。
俺達はダイス撃ち。誇り高い戦士であり狩人だ。
例えそいつが
『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』が神話の怪物だとしても
このD20、D10、D6で仕留めてみせると。
どんよりと曇った空、湿った風が吹き付ける城壁の上に俺は一人立っていた。
村人は一人残らず避難した。
奴に立ちはだかるのは俺だけだ。
俺一人。それで十分なのだ。
雷雲をまとってやつが来る。
ロングソードのD8ダメージと
マジックミサイルのD4ダメージを連れて、やつが来る。
俺は口の中で祈りをつぶやく。
父と母の名を呼び、死んだ弟とタカヒロに祈る。
どうかD4を……D4を俺に要求しないでくれと。
出た目の参照先が底辺だったり、頂点だったりダイス毎に違うあやふやなダイス。
とらえどころのないピラミッドを俺に求めないでくれと。
それさえなければ。
それさえなければ俺は勝てる。
俺は―――
風が凪ぎ、俺は自らの死を目前に見た。
「俺とD10」〜〜完〜〜