ルーシャス・シェパード著 内田昌之訳 竜のグリオールに絵を描いた男

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

あまりにも巨大な竜、グリオール。
遥か昔、ある魔法使いと戦って敗れた彼は飛ぶことも、動くこともできず、死ぬことすらないままに大きくなり続け、今や全長1マイルに及ぶ彼の体には木々が茂り、背中には湖ができ、その体の周囲の村には人々が住んでいる。
だが、グリオールの精神は未だ活動を続けており、その影響は抗いがたい運命のように人々を引き寄せ、絡め取るのだ……。


ンッマー!ヤッバイ!面白ッロイ!

冒頭の一行目から斬りつけるような一文でこっちの襟首を引っ掴んで最後の一行まで引きずり回すたぐいの本よ。

寝る前に読むな。危ない。短編集だからキリがいい?甘い。僕は書店帰りの電車の中で読み始め、駅から自宅へ歩く間もページを捲り、今しがた読み終えるまで止まらなかった。

不死の竜の巨大な体に絵を描くことでそれを殺そうと目論む画家の話

竜の体内に囚われた女の話

竜がもたらしたとされる宝石とそれを巡る殺人事件

雌竜と結ばれた男の話

どれもこれも滅多矢鱈に面白い上に、文章の流麗かっちょいいこと比類なしよ。

”時は1853年、はるか南の国、われわれの住む世界とほんの僅かな確率の差で隔てられた世界で”

とか

”監獄はレイモスを灰色に変えてしまったようだ。”

とか痺れるフレーズがポンポン飛び出てくるし、皮肉で容赦のない感じの人物描写も最高にかっこよかった。

僕は『サンティアゴ』以来、内田昌之翻訳のファンなんだけど、この作品の翻訳も最高であった。


全体を彩るトーンには南米文学の影響を強く感じる。寝言が多いとことか。どことなくあけすけな感じとか。

感じるが、僕が読んだ南米文学は『百年の孤独』一冊なので気のせいかも知れぬ。

解説読んだらそんなに勘違いでもない気はするけど、知ったかぶりのカーブを前にブレーキを踏む勇気と思いつきをそれっぽく語る蛮勇は両立するのだ。






あと装丁!装丁が凄く良い!

美しい表紙絵!格調高いフォント!縦書きのタイトル!淡いグラデーションを描いて黒い帯へと続く濃淡の美しさ、背表紙に踊る金字の原題の美しさよ。

バーナード嬢曰く。』に出てくる読書家、神林しおりは「表紙が黒い本をかっこいいと思っている」と看破されて羞恥に頬を染めるが
表紙が黒いSFやファンタジーがカッコいいのは常識なので恥じることはない。
そして表紙が黒い本だけでなく、美しい絵が黒から浮かび上がって右上に縦書きのタイトルが出てくる本もカッコいいのだ。
「銃・病原菌・鉄」とか超かっこいいよね?
僕はタイトルと表紙のかっこよさに惹かれて本屋で即買いし、10ページ読んで即やめた。真面目なことしか書いてなくて退屈だったから。

でも表紙は超かっこよかった。

そして『竜のグリオールに絵を描いた男』の表紙も同じくらいカッコいいし、内容と来たら最高に面白いのだ。

僕はこういう本を本棚に持っておくのが憧れだったのだ。

内容も装丁も最高にイカス文庫が詰まった棚があるだけで人生は豊かになる。たとえ普段は一顧だにさえせず埃に塗れたままにしていたとしても。

僕はこの本を『サンティアゴ』と『タフの方舟』の間に挟んで並べるつもりだ。


そんな理由でこの本に関しては電子書籍じゃなくて本の形で持っておくのがお勧めよ。

本屋さんの棚でこいつを手にとってみればすぐわかる。わからなかったらnot fo you 僕とあなたとはそこが異なっているので気にしないで、ただ面白い小説として読むのだ。



そして解説よ!解説読んで興奮するのって滅多にない。ひょっとすると初めてかも知れぬ。

気になったこと、知りたかったこと、なんかもやもやして落ち着かないこと、全部を凄くフェアに解説してくれてて凄く良い。
読みながら感じたことを全部肯定してくれるような素晴らしい解説であった。
凄い愛着と熱量を感じるのにマニア特有のウザさがない文章って凄いぜ。