ギャビン・スミス著 金子浩訳 『帰還兵の戦場』
- 作者: ギャビン・スミス
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2016/05/12
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (1件) を見る
三ヶ月連続三部作連続刊行第一弾。(調べたら三部作じゃなくて三分冊だった)
遥かな未来。『スターシップ・トゥルーパーズ』よりちょっと先くらいの未来。
人類は外宇宙に進出し、活動の場を銀河系外にまで広げていた。
だが、シリウス星系で出会った異星起源存在。
コミュニケーション不能、共存不能の人類絶対殺す星人との間で宇宙戦争が勃発し
その戦争は長引き、人類を疲弊させ、地球はサイバーパンクSFによくある感じのディストピアと化した。
主人公の元特殊部隊員ジェイコブさんは最前線帰りの重サイボーグであり
不名誉除隊となった後は故郷のスラム街(廃棄された会場プラットフォームを利用して作られている)で酒と煙草と仮想現実に溺れながら日銭を稼ぐどん底の日々を送っていた。
そんな彼の元にかつて彼を切り捨てようとしたいけ好かない上官が現れて特殊任務を要求する。
「軌道警戒網をすり抜けて地球に降下した異星体のスパイを探しだせ」
売春窟の奥深くで首尾よく標的を見つけ出して破壊しようとする彼の前に一人の少女娼婦が身を投げ出し、それが「大使」であること。平和の最後の希望であることを告げる。
ジェイコブさんは彼女を信じた。
かくしてジェイコブさんと少女娼婦モラグ、異星の大使は苛烈極まる政府権力から追われる逃亡者となった。
手段を選ばぬ恐るべき追手を逃れ、彼等は行く先々に厄介事を振りまく疫病神としてロードムービーを展開するのだ。
というのが基本のあらすじなんだけどもこの作品のすごい所はここじゃない。
ガジェットよ!!
オマージュよ!!
臆面もないパスティーシュよ!!
パスティーシュって言葉は初めて使うからあんまり自信がないけど後でググるわ。ひょっとしたら投稿した時にはてなキーワードで解説出るかもしれないし!!
まず主人公の帰還兵ジェイコブ(ジェイク)・ダグラス軍曹の造形から。
彼は宇宙の最前線帰りの元特殊部隊員であり、当然の事の様に物凄くバッキバキにサイバーウェアで強化されている。
彼の掌にはスマートリンクのコネクタが埋設され
肩からはプレデターのプラズマキャノンみたいな半自立型のレーザーキャノンがポップアップし
両手の甲からはウルヴァリンみたいな強化セラミック製の4本ブレードが飛び出す。プレデターも爪で戦うけどあっちは2本なのでウルヴァリンモチーフであってると思う。
鋼化神経により反応速度は限界まで高められ
両目は黒いレンズ型のサイバーアイに換装されている。赤外線視覚と、視界内ディスプレイ、スマートリンクの制御機能等がある。
皮膚下装甲が埋め込まれた肉体は黄褐色の装甲レインコートで包まれ
砂色の髪を後ろで短いポニーテールにまとめている……ってそれ首から上は『攻殻機動隊』のバトーですよね?
お砂糖スパイス、男の子の好きなものい〜っぱい煮詰めたら強力無比でハードボイルドな主人公が出来上がった感じ。
あまりに強力な戦闘能力故にインプラント機能を制限されており、依頼を受けるのと引き換えにそれを解除してもらえるって始まり方は
サイバーパンク好きには非常に馴染み深いあれよ。『ニューロマンサー』の主人公ケイスよ。
(元ハッカーのケイスの場合はソ連製真菌毒で焼かれた神経系を回復させ、失われたサイバースペースへのジャックイン能力を取り戻す事が依頼を受ける条件だった)
- 作者: ウィリアム・ギブスン,黒丸尚
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1986/07/01
- メディア: 文庫
- 購入: 38人 クリック: 760回
- この商品を含むブログ (293件) を見る
任務終了後に地球に捨てられてスラムを彷徨いている重サイボーグっていうのは
『エリジウム』のM・クルーガー(役名)や『JM』のドルフ・ラングレン(役者名)*1と同種のアレね。『エリジウム』は2013年の映画だから2010年に書かれたこっちのほうが先だけど。
シリウス星系(「なんか外宇宙」くらいの認識)での戦闘から戻ってきたという事は多分、オリオン座の肩の近くで炎を上げる戦闘艦や暗黒に沈むタンホイザーゲートのそばで瞬くCビームも見てそうなので
『ブレードランナー』のルトガー・ハウアーみたいな経験もしている。
あとタイ系の母親から習ったムエタイも使う。
スラムから始まるサイバーパンクの主人公が”ジェイク”って名前だと僕はSFC版の『シャドウラン』を思い出して勝手に嬉しくなる。
作中で本人は「”ジェイク”と呼ばれるとアメリカ人みたいな気がするから嫌だ」って言ってるけど。
ジェイコブさんは元SASなのでイギリス人だ。
そんな彼が耽溺する仮想現実は法外な接続料金を取って一定時間望みの幻を見せてくれるスタイル。
ここまで技術が進んでいるのならそういうのはオンラインか埋込み型のチップになりそうなものだけど、仮想現実ルームの描写は
受付で金を払ってブースに入り、中で寝台に寝て自分のジャックに結線するスタイル。
なんかこれどこかで見た感じだな……『ハードワイヤード』かなあ……って思ってたら
いけ好かない元上官が主人公を脅すためによこした監視役、軍在籍時代から処刑人として特殊部隊員達から恐れられていた女スナイパー”グレイレディ”ジョゼフィン・ブランの登場で
『Avalon 灰色の貴婦人』のオマージュに違いない!って思うようになりまんた。
- 作者: 押井守,toi8
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2003/03
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 23回
- この商品を含むブログ (31件) を見る
女スナイパーでコードネームがグレイレディで、名前がジョゼフィン・「ブラン」*2。
これだけ要素が揃うと押井守監督の映画『Avalon』の主人公、伝説のソロプレイヤーにしてスナイパーのアッシュを思い出す。
イギリスから始まる話なのでアーサー王伝説をモチーフにしてるのはおかしくないんだけど彼女の外見が「どこにでもいるような平凡な姿に整形したという噂もある」って書いてあるのよね。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
- 発売日: 2017/04/07
- メディア: Blu-ray
- この商品を含むブログ (8件) を見る
『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』の主人公、草薙素子少佐と『Avalon』のアッシュの外見はだいたいおんなじであり、草薙素子はわざと目立たない普及型義体の外見を使用しているって設定があったから多分間違いないと思うわ。
本作の”グレイレディ”は感情が読めないわ、主人公を死ぬほど怯えさせるわ、目撃者は呼吸するかのように殺すわ、最初の狙撃がいきなり衛星レーザーだわで
ソロプレイヤーってよりはポストヒューマンの処刑マシーン*3みたいな感じね!
そして色々大盛りの主人公達が動き始めると、今度は物凄くサイバーパンクRPGみたいな展開になってくるのだった。
ダグラスさんが殴りこむ酒場の客達。
刀を携えた「企業剣士」のサラリーマン。
ストリートネームを名乗るブースタギャングの若者
『トーキョーN◎VA』か『トワイライトガンスモーク』かって雰囲気。
「大使」の声がモラグには聞こえてダグラスさんには聞こえない理由
「肉がほとんどないから」エッセンスが削れ過ぎてるってこと?『シャドウラン』なの?
ネットの神々への言及。
仮想現実上の聖堂、狂ったハッカーが説教する教会。
腐った都市を出て郊外のタウンで暮らす人々。いい感じに汚染された環境と折り合いをつけ、自然派の暮らしを営む。
そこを襲う権力のウォーカーマシン!
『メタルヘッド』っぽい!
唐突に現れる強敵の武器はモノフィラメントウィップ!
マシンと結線して制御するパイロット達は「キメラ」って呼ばれている。かっこいいネーミング。
そして物語は、水没し海賊都市と化したニューヨークへ。
帯には”英国冒険小説の系譜を継ぐ迫真のミリタリーSF!”って書いてあるけどわたくしはサイバーパンクだと思いまんた。
おっと、何がサイバーパンクで何がSFでどこに埋没したジャンルかなんてジャンル分け定義戦争は御免よ!
こういう『トーキョーN◎VA』で遊びたいなあってゲーマーが思うようなイカスお話くらいの意味よ!
ずらずら並べた作品タイトル群が好きな人はきっと楽しく読めると思うわ!
わたくしはすっごく好きです。
あと、表紙イラストかっこいい。
*1:なんで表記が統一されないかというと『JM』のドルフ・ラングレンは「『JM』のドルフ・ラングレン」としか言いようが無いと思うからです。役名で言うより「『JM』のドルフ・ラングレン」って言ったほうが発狂して牧師の真似をしてるターミネーターを表現できると思うの
*2:『Avalon』ステージ内の撃破目標フラグとなる強力な標的である装甲攻撃ヘリ、Mi-24ハインドの別名。大鴉(ブラン)。合ったら大体死ぬ無理目のボス。映画版、小説版共に”灰色の貴婦人”アッシュがドラグノフ狙撃銃を使って単独でこれを撃墜する印象的シーンがある
*3:『エンディミオン』のラダマンス・ネメスを念頭に置いていたが冷静に考えたらあれは超AIの申し子でポストヒューマンじゃない気もする。非人間的で超越的なヤバい勢くらいの意
バリー・ライガ著 満園真木訳 『ラスト・ウィンター・マーダー』
ラスト・ウィンター・マーダー 〈さよなら、シリアルキラー〉 (創元推理文庫)
- 作者: バリー・ライガ
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2016/05/12
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (3件) を見る
シリアルキラーのエリート教育を受けて育った全米最悪の殺人鬼の息子が、父親を追う。
行方不明の母親は果たして生きているのか。
連続殺人の裏に見え隠れする共犯者”みにくいJ”とは誰なのか。
謎が謎を呼び、急転直下の展開を見せる三部作完結編。
とんでもないぶった斬り方で終わった前巻の直後から物語は再開し、最初っからトップギアで突っ走る。
前回僕を戸惑わせた登場人物達のホルモンに惑わされた愚かな行動も減り、物語は謎の解明と主人公ジャズの選択を中心に展開する。
心理的にも肉体的にも社会的にも追い詰められ、それでも追跡をやめないジャズは実に格好いい。
読み始めて一気に最後まで読める面白さであった。
どんでん返しもきちんと用意されて、期待を裏切らない作り。
でも何故かわたくしの心にはなんとなく釈然としない感情が残るのであった。はて。