銀河ネットワークで歌を歌ったマーライオン

「ROYALHOST5月のお勧めメニューはアジアご飯」

回想から醒めた私を待っていたのは衝撃的な知らせだった。
まさか、今のこの時代にやつを、あの忌まわしい悪魔を再び呼び覚まそうとする者が居ようとは思えない。そもそも人類の手で制御できるような代物ではないのだ。過去、幾多の科学者達が奴に挑み、そしてその身を滅ぼした。
だがこのタイミングでROYALHOSTにアジアご飯…。過去の出現時期も春から初夏にかけてが多く、かなり高い確率でシンガポールチキンライスが基底現実に実体化する可能性がある。
チキン、ワンタンスープ、米に胡瓜とトマトのスライス。これらの素材が皿の上で練成された場合、連鎖反応を起こして聖誕祭が始まる可能性は高いのだ。その破壊力は都市区画を一つ吹き飛ばし、ゴルゴダ化させてなお、おつりが来る。

最後に奴と交戦してからあの星ではシンガポールチキンライスを見ることはなかった。
構成要素の近いタイ風スパイシーチキンライスは未だ最前線で出会うことは多かったが
これはトマト、胡瓜のスライスこそ同じとはいえ、まず米が日本米だった。
さらにチキンにいたっては香ばしく炒められたバジルとあわせられたそぼろ状。とどめに目玉焼きとライム一片。
確かにヤツと比べればハローの発生もなく、破壊力も九七式手榴弾レベルに留まるが皿一枚の上で全て完結し、面倒な作業もなく即かっ込めるタイチキンライスは侮りがたい相手ではあった。だが、やはり違うのだ。常に最前線に存在するレギュラーメニューは構成要素の細かい使いまわしに因る心理的、外見的な圧迫感の喪失という戦闘兵器として致命的な弱点がある。いつものアレ、では期間限定メニューの特有の慣れない上にメンドくさい手順を経て組み上げられた臨海突破ギリギリの凶暴なフォルムには敵うべくもない。

また、ヤツが姿を消して以来、各地の戦場で見るようになったニュータイプの敵も存在する。レギュラーメニューのローテーションに変化を加えるべく、使いまわしのカット野菜、フライやハンバーグに米を組み合わせた変り種メニュー。嘗ては平皿に盛られたライスと共に供され、コンビネーションプレートの名で呼ばれた一群の兵器たちは丼、ライスプレート、〜〜ごはんの名の下に米の上に盛り付けられる形状をとる事が多くなった。アジア式のライスプレートスタイルを装って現れた彼らであったが、日本の風土の下、悲しい照明を受けて戦う姿には何処かあり合わせ丼の悲哀が漂う。強さやコストにこそ差はあるが松屋のチキンから揚げ丼、デニーズのステーキごはんプレートが漂わせていた、無理やりこの世に呼び戻されたフランケンシュタインの怪物のような、あの悲しみがあるのだ。まずくはない。まずくはないがこれは外で金を払って食べるメニューではなく深夜の台所、電子レンジの前などで冷蔵庫から取り出した残り物達をこねまわし、「オイオイ、今日の夜食はちょっと豪華だナ。」などと下からの照明を受けつつ東海林さだおか、久住昌之かといった駄目っぽいセリフを吐きつつ猿股、ランニング姿でいそいそとかっこむ、そんなメニューではないかと思うのだ。駄目男の豪華な夜食、そんな4畳半下宿の極々私的怠惰空間にこそ似合うような構成であり、ファミレスなどの現世空間に染み出してくるのは似合わない猿股ジャージランニング、着の身着たまま着っぱなしのだらしない快感と悲哀のオーラが轟々と音を立てて蒼く燃え盛っている。そしてそれはそいつを注文する人間にも乗り移る。
右手にスプーン、左手に漫画雑誌。天地不倒の駄目スタイル。その快感。あ、フライドポテト追加でー!(挑むように)


話を元に戻す。
シンガポールチキンライス。つまりはそれだけの怪物だということだ。
そんな化け物を相手にして恐ろしくないと言えばうそになる。ヤツを捜し求めつつも、心の何処かでは再度の交戦を恐れ、先延ばしにしてきた自分がいる。
だが、宇宙放射線病は最早末期症状を表し、顔や手の皮膚は青みを帯びて発光するようになってきた。医者からは骨格と皮膚のリプレイスメント処置を薦められたが、
残念ながらそんな大規模な手術に耐えられるようなエッセンスは既に消費済みだ。思えばスキルワイヤレーティング6が致命的だった。他のメンバーに任せた方が早かったりして結局あんまり使わなかったなあ…。
だがそんな事は最早どうでも良い。病の爪に捕らわれた老いぼれ一匹、ヤツの手にかかって死ぬのなら本望だ。戦場で散っていった仲間達。「戦士は死ぬと風になり、風は宇宙を巡る。」
同じ部隊に居たアパッチインディアンの末裔が言っていた。俺も風になれるのだろうか。先に宇宙を吹く風になった戦友達と、もう一度会うことが出来るのだろうか。
埃を被ったロッカーから愛用の50mmホスピタリティポイントカードを取り出す。ポイントは装填済み、作動不良もない。
俺はその脚で軌道に上り、チャイローンジャンクションからROYALHOST送られる増援部隊の中に紛れ込んだ。

白熱する大気、はらわたまで掻き回されるような震動。
惑星大気圏に突入する強襲降下艇の内部は今も変わっていなかった。
初陣の新兵どもが家族や恋人の写真を握り締め、青い顔で胃の中身をぶちまける。
あちらこちらから低い声で祈りの呟きが聞こえる。
俺も昔はそうだった。だが、俺の祈りと神への無垢な信頼はβキュグニ星系で出遭ったまぜまぜビビンバーグごはんが右腕と一緒に永久にふっ飛ばしちまった。今はもう震えることもない。
慈悲を持つこともない。
シンガポールチキンライスを狩り立てるだけの一匹の怪物。
それが俺だった。
「地表との交信が回復、戦況情報を受信します。」
緊張した面持ちの若いオペレーターが裏返った声で叫ぶ。
長かった。幾多の戦場を巡り、数多のまがいものと戦い、届かない追憶に慟哭する。
そんな無為の日々も、今日、この戦場で終わり告げる。
やつが勝とうと、俺が生き残ろうと、どちらでも良い。
全てはこの日のためにあった。

「目標確認。正面モニタに映像、出ます!」













……………



…………



………



……

























「まあ、別に良いんじゃね?タイ米っぽいし。」

同じ部隊に居たスー族の末裔が言っていた。
過去の事は忘れて、生きなおしてみようと、思います。
来週、食べに        行こう。