その8.5 エメラルドの門番
一行が敷地に足を踏み入れた瞬間、音もなく閃く雷光に照らされて鎮座していた8体の彫像がゆっくりと顔を動かし、自ら死を求める愚か者の群れを
無表情に睨み付けた。
その背で翠玉の翼がゆっくりと羽ばたき、忌まわしい羽音を立てると宙に浮かび上がり、侵入者に向かって殺到した。
最初の標的になったのは戦闘でランスを振り立てていたギリオンである。
「ルーマナスアーマー舐めんなああああ!!!」
全身から眩い光を放ち、暗天に挑むが如く白い炎に燃えるランスを振りかざすギリオン。
「法の名の下に!!!法の名の下に!!!」
涙目でスローガンを連呼して自らを鼓舞する聖騎士に向かって緑色の鉤爪が振り下ろされる。
命中判定ははずれ。
「いける・・・これはいけるぞ・・・!」
ギリオンの顔が輝く。
だが、DMは優しい笑顔のまま言った。
「飛びかかりなんであと3発です。」
爪、爪、牙、尻尾による突き刺し の4本でーす!
サザエさんが豆を投擲し、上げかけた歓喜の声を咽喉に詰まらせたギリオンが悶絶する。
牙と尻尾は外れたが、悶絶して胸元を叩く隙を突いて左の爪がギリオンを捉える。
ダメージは1d6点。
「この程度の…ダメージでえええッッ!!!」
思ったよりダメージが低かったのでいい気になってモビルスーツのパイロットみたいなことを言い始めるギリオン。
「当たったので頑健STをしてください。」
「え?」
「この鉤爪を受けるとホールドパースンの効果が発動します。難易度は17。」
「高えwwwww」
「ちょっと待ってください、DM。ホールドパースンなら抵抗は意志STですし[精神作用]ですからプロテクション・フロム・イービルで無効化できるはずです!」
素早い援護射撃にギリオンの表情が明るくなる。
だが、DMは無表情に手元に目を落とすと宣告した。
「確かにその通りだ……。その通りだが手元のデータにはホールドパースン効果で頑健STをしろ と書いてある。そしてこいつらは別段邪悪なわけではない…!」
「おげえッッ」
「なんて適当なデータ…!」
「どうせ殺すんだからこまけえ事気にしてもしょうがねえだろうが!」
あっ!貴方はネクロマンシーゲームズの中の人!!
あまりにもおおらかで捻じ込むような殺意に震え上がる一行。
だが、ここで倒れる訳にはいかない。
「STに強いPALだったのは幸いだった!」
パラディン能力と高い耐久力でSTをねじ伏せるギリオン。
「さあ!次来い、次!!」
叫ぶ騎士に向かって次々と踊りかかるグリーンエメラルドガーゴイル。
まるでハゲワシの群れが獲物を引き裂くかのように緑色の爪がひるがえり、輝く鎧に当たってその表面におぞましい引っ掻き傷をつけた。
最早、エメラルドの輝きに遮られて仲間達からギリオンの姿は見えず、ただ主人を落とすまいとしきりにステップを踏むいさおしの主の足と
時折振るわれるランスの先端が見えるだけである。
5匹目の爪が唸りを上げ、ギリオンの上腕を切り裂く。
すかさず振られた頑健STの出目は1.
「ギリオンッ!」
マハーバラの悲痛な叫びが響く。
上腕部から全身に凍て付くような冷気が広がり、ギリオンの身体の自由を奪った。
視界の端に何かを叫ぶマハーバラ、こちらに向かって手を突き出すアウカンの姿が見えたが、最早その身体は自由を失っていた。
緩慢な動きで倒れかかるギリオン。
その身体は地に落ちるかと思われたが、鞍と鎧を結びつけるストラップのお陰で落馬を免れ、力なく鞍に突っ伏して無防備状態になった。
その姿を悲しげな目で見たDMは静かに宣言する。
「よし、お前ら運試しだ。これから俺は1d6を振る。奇数が出たら野生のクレバーなファイターであるグリーンエメラルドガーゴイルは戦闘不能になったやかんを放置して後方の脅威を排除にかかる。だが、もし偶数が出たら野生のワイルドなファイターであるグリーンエメラルドガーゴイルは戦闘不能になったやかんに止めを刺して粉微塵のミンチに引き裂く。」
「ちょwwwまってwwww」
「待たぬ、引かぬ、省みぬ。」
DMはマジだ。
悲鳴を上げるPLを尻目に振られる6面体ダイス。出た目は、3.
「運がよかったですね。では後方の脅威を排除します。」
何事もなかったかのように戦闘は継続される。
寺院の屋根に残った緑の死神は残り3体。
DMは静かに双方の位置を見比べると鮫の様な笑いを浮かべた。
「後ろでウロチョロしているウォーロックに突撃します。」
「げえっ 一直線ッ!!」
「おめーが鎧着てなくて一番柔らかそうだからだよおおおおおお!!!」
包丁を持って夜道を走ってくるサダコ張りの迫力でサイードに殺到するグリーンエメラルドガーゴイル。
如何にBuffの底上げがあると言ってもキャスタークラスであるサイードのACは低い。
瞬く間にHPの大半を削られたサイードの身体は鮮血に赤く染まった。
全身に広がる冷たい痺れを感じつつもサイードの表情は穏やかなままだった。
こうなる事はずっと前からわかっていたのだ。
故郷の砂漠で夜空を見上げたあの時から、この最後の地へ、この最後の瞬間へと自分は歩き出したのだという事を、サイードは知っていた。
知っていて歩き続けたのだ。
果たさなければならない使命が課せられていたから。
さざ波一つない水面の様に静かな目でこちらを見つめるラシードを、ギリオンは鞍の上で身動き一つ取れないまま見た。
その口がゆっくりと動き、微笑みを形作ると、サイードは小さく頷いた。
「私の役目は終わった。」
次の瞬間、1d6は4の目を上にして止まり、無防備状態になったサイードに向けて7体目のグリーンエメラルドガーゴイルが飛来すると
その姿をギリオンの目の前から永遠に覆い隠した。
ただ、羽音のみが聞こえ、やがて何かが地面に倒れる音がすると不浄の大地は思うさま赤い血を貪り飲んだ。
アウカンが憤怒の唸りを上げ、マハーバラが悲鳴の様にサイードの名を叫ぶ。
天地を揺るがす様な轟音と共に、雷光が空を染め上げ
遥か砂漠の夜空には一条の星が流れた。
「後悔はない。」