その17 黒く燃えるボーン

一行は言葉もなく立ち尽くした。

プッチ神父ーッ!」

言葉もなかったがとりあえず仲間が死んだ時の叫び声をあげた。

「何故だーっ!何故こんな事をーっ!」

「いやあ、なんか新キャラ作りたくなって…回復ばっかだとつまんないし」

「ちょwwwww」

死者の恐るべき告発に慄然とする一同。

慄然としたのでとりあえずそのまま哀しみの茶番を続けることにする。

「私が…私が触れるべきだったのだ…あの球に!」

「代わりにお前が犠牲になっただけだ!落ち着くんだ!」

「あ、前衛のHP的には食らっても余裕で生きてましたサーセンwww」

「う、うわあ…」

「回復役なしでの戦闘って大丈夫なの?」

「アンタも本当に・・・あ」


パーティーのヘルスケアをおはようからお休みまで見守るプッチ神父は死んだ。

プレイヤーのブラフ先生は静かにサヴェッジスピーシーズとかを開き始めて新キャラ作成の構想に入った。

これが意味することは一つ。

ヒーラー抜きの地獄パーティーである。

「じゃ、じゃあ一旦帰るか!」

「そそそ、そうだね!」

「じゃ、テレポーターにのってミトリックに戻ります。ポーションとか買っとく?」



「帰る前にランダム・エンカウントな」

「・・・うっ!」

会話の流れで押し切って無事に帰国を果たそうとする一行の目論見は無慈悲に光る赤い目に蹴散らされた。

「これは最悪の事態を考えて行動したほうが良さそうな…」

「防御魔法やBuffの類を再確認してかけ直しておこう」

「私は移動力が生死を分けると思いますので、自分にフライをかけます」

「あっ!ずるい!」

「いやいや、魔法スロットというリソースを払ってますから」

「よっし、やっと戦闘だ!」

「アンタ情況理解してるのかよ!」


「じゃあ、振りますねー」

ざわめくパーティーをよそに何言っても無駄な日常業務ライクな無慈悲さでD20が振られる。


1回、2回、3回…

「あ、すみません。1回目ので遭遇してました」


「おいぃぃぃい!!」


期待を打ち砕かれた攻略隊の間に悲鳴が上がる。

おまけにこれが地下2階の初エンカウントである。

「大丈夫ですよ。割としょぼいプレイヤーの時間と忍耐力を削るだけの遭遇もありますし」

「ネズミ6匹とか…?」

「ええ、普通にありますねー」

「じゃ・・・じゃあ、期待が持てるかな・・・!」

「でもそんなの僕が面白く無いんで弱い遭遇はまとめてあとで強いモンスターと両替して差し上げます」


DMから凍てつく波動が迸って愛と知恵と勇気が消し飛び、あとには極限状態で人間性のいちばん醜い部分を露呈させてパニックに陥る無力な一行が残された。


「ネズミこい・・・!ねずみ・・・!」

「ワーラットとかダイアウルフまでなら十分対処可能だ!」

「ゾンビとかスケルトンみたいな雑魚アンデッドの群れでも…!」

「あ、スケルトンが4体ですね」

「よっしゃあー!!!」


喜ぶ一行。

だが。

だがしかし。

死者の殿堂たるラッパンアスクでノーマルなアンデッドなんか出てくる訳がなかったのだ。

その骨は闇が染みこんだような漆黒に染まり、その眼窩には恨みを飲んで燃える夜より黒い地獄の炎。

「そう!こいつらの名前はブラックフレイム・スケルトン!古いモジュールにお馴染みの強化型アンデッド!おまけにラッパンアスク式にチューン済みの代物よ!!」


「げええーっ!」


無慈悲な戦闘ラウンドの開始である。

イニシアチヴ判定で先手を取る一行。

「これならば・・・!これならばいけるやも・・・!」

するとブラックフレイム・スケルトンの身体から恐怖の波動が迸った。

「初めてブラック・フレイム・スケルトンに遭遇したPCは恐怖のSTを行ってください。失敗すると恐怖状態になって全力で安全なところに逃走しようとします」

ファルメール、成功。

ギリオン、パラディン能力で無効化。

フォンハイ、失敗。1d6を振って4ラウンドの間全力で逃走することに。

「えー、ただいまの移動力から換算いたしますとフライで60フィート、全ラウンドアクションで疾走、直線上に4倍移動。
 毎ラウンド240フィートずつ4ラウンドの間、遠ざかります。きゃー、こわいー」

「なんでそんな嬉しそうに報告するんだよォォ!!」
「フォッ!フォンハイーッッ!!!」

フォンハイはあっという間に飛び去った。

「フン!魔法使いなんざ信用するからだ!頼れるのは自分の運だけよ!」

お待ちかねの戦闘にテンションの上がるマーヴェリック。

爽やかにセーヴィングスローに失敗して6ラウンドの間恐怖状態に。


「え?何もできないの?」

「出来ません」

「6ラウンドも?」

「6ラウンドも」

「マジで?」

「マジです」

「うおおおー!このゲームクソゲーだよ!」

「おいいいい!!!いい度胸だな!!」

「あ、デッカーさんのハッキングが終わるまで俺タバコ吸ってきますねー^^」

「黙って座ってろよ!!」


醜いやりとりである。


「現状奴らは頼れん!二人でカタをつけるぞ!」

「え?あ、お、おう!」

「ちょっとぉー!」

フェルメールのスパイクト・チェインが突っ込んできたブラック・フレイム・スケルトンに炸裂する。

「砕け散れ!」

砕け散らなかった。

「こいつらは全てに対するダメージ抵抗5を持っています」

「おい!骨のくせになんだそれ!ふざけんな!」

ブラック・フレイム・スケルトンが燃え盛るシミターでフェルメールに斬りつけて1d8斬撃+1d6火ダメージで7点。

思ったより火力も高い。

「とにかくまず数を減らすんだ!」

戦闘開始位置から人馬一体となったギリオンといさおしの主が3倍ダメージランスチャージで30点近いダメージをスケルトンBにぶち込んで

余った移動力でそのまま敵の攻撃の届かない後方40フィートまで突き抜ける。悪くない手応え。


「ヒット&アウェイで削り倒してやる!」


「あのー」

「はい?」

「ヒット&アウェイも結構なんですけどね」

「はい」

「僕一人敵のど真ん中なんですよー」

「あ」

「Tankさん、ちゃんと仕事してください^^;」

罵倒語を発した瞬間、残りのブラック・フレイム・スケルトンにフルボッコにされるファルメール

Hpの25%を持って行かれる。

「ごめんねっ!お兄ちゃん騎乗パラディンだから!あとでレイ・オン・ハンズしてあげるからごめんねっ!!」

「うるせえええ!!!早くぶっ殺せよ!」

「ねー、まだ戦闘おわんないのー?」

「私これ、戦闘後に戻ってこれますかねえ」

阿鼻叫喚である。



突撃後に敵に隣接した状態でギリオンがターン・アンデッドを試したりもしたが

もちろんのことブラック・フレイム・スケルトンはターン・アンデッドに対する耐性を持っており

パラディンの貧弱なターンアンデッド能力では退散しきれなかった。



…ところでここまで書いてふと思い出したんですが、プッチ神父が木っ端微塵になって死んだのはこの遭遇の後のことであり、この戦闘時は

まだ生きてました。

わたくし、勘違いしてた。

つまり、ブラック・フレイム・スケルトンとの遭遇後にオティルークス・フリージングスフィアの部屋に行き当たったのであり

帰りのランダム・エンカウントはこの遭遇ではなかったのだ。


なので死んだはずのプッチ神父の手番になった。


プッチ神父!生きていたのか!!」



「この後また死にますけどね!!」



プッチ神父は輝けるペイロアの使徒である。

なのでターンアンデッドも結構強い。

死から蘇ったアンデッド神父がうおおおー!って言いながらターンアンデッドしたらゴシャーンって音がして2体のブラック・フレイム・スケルトンが

恐怖状態に陥った。


「お返しだ!ざまをみろ!」

「あ、俺コンビニ行ってきますね^^」

「黙って行けよおおお!!」

泥沼の戦場である。

回復、攻撃、突撃で行ったり来たり。

殴ったり殴られたりを3ラウンド繰り返して、一行はブラック・フレイム・スケルトンを撃退することに成功した。

戦闘終了後、フォンハイがまた空の向こうから飛んで戻ってきた。地下2階だけど。

さらにそれから12秒後、ガクブルしていたマーヴェリックが意識を取り戻した。

「たいしたことのない奴らだったな!」

「本当にたいしたことないですね^^」

お決まりの台詞に痛烈な皮肉の斬撃が浴びせられる。

「どうする?まだ探索の続行は可能か?」

「ああ、もう2、3遭遇なら十分耐えられる」

方針が決まり、先に進もうとしたところで時間が来たので◯のマークの書いてあるドアが現れて

プッチ神父が満足気な顔で球体に触れて木っ端微塵になった。


「プ、プッチ神父ーッッ!!」

「わ、私はなんということをーっ!」


茶番も済んだので帰宅である。

帰宅であるのだが、勿論ランダムエンカウントである。

当たり前のように遭遇が発生し、ブラック・フレイム・スケルトンが2体でた。



「またこいつか…!」

「だが、もう慣れている…!見ただけでは怖くない…!」

慣れた手つきで戦闘態勢に移行する一同。


だが、ファルメールの振り回すスパイクド・チェーンの防衛圏を迂回して、マーヴェリックに肉薄したブラック・フレイム・スケルトンが降り注ぐ矢を物ともせずに

手に持ったシミターではなく、爪でチョップしてきた。

「頑健STしてください」

「失敗しました」

「では麻痺して1d4ラウンド動けなくなります」

ダイスの目は4。

「え?なにもできなくなるの?」

「なにもできなくなります」

「4ラウンドも?」

「さっきより短くてよかったですね^^」

「ちょっとコンビニ行ってきますね^^:」

「ど畜生ォォォ!!!」


悲劇のモニュメントと化して戦場に佇むマーヴェリック。

彼の放つ矢は、獲物を狙って急降下する鷹の嘴をも射ぬくという。

その目は1キロ先のネズミをも捉えるという。

その度胸といったらファイアージャイアントよりもでかい肝っ玉だという。

彼を称える歌が響き、雄々しく彫像のように立ち竦むマーヴェリックの前で戦闘は終了した。


一行は無事にテレポーターにたどり着き、1名の犠牲を出しながらもミトリックに帰還した。

再び底無しの悪意を剥き出しにしたラッパンアスク。

この迷宮はどこまでも深く、やってくる者の命を貪欲に飲み干そうと待ち構えている。

生き残り達はお互いの青ざめた顔を見つめつつ、苦い酒盃を干すのだった。