アンソニー・ボーデイン、ジョエル・ローズ著 アレ・ガルザ、ラングドン・フォス画、ホセ・ヴィラールビア彩色、椎名ゆかり訳『ゲットジロー!』

GET JIRO! (G-NOVELS)

GET JIRO! (G-NOVELS)

ジローを殺れ(とれ)!

美食の追求以外の全ての文化が死に絶えた近未来のアメリカ。


ロスアンゼルス(あるいは、それっぽいどこか)の街は敵対する2大ファミリーに支配されていた。


無国籍に美味を追求するグローバル・アフィリエイトの企業家ボブ。

地産地消の自然追求派ホーリーフーズの菜食主義者ローズ。

美食と流通を支配する彼等に逆らえるものはこの街には存在しない。


だが流れ者の寿司職人ジローが現れた時、危うい均衡は崩れさり、ストリートに血の雨が降る……!!


主人公ジローは美食を追求する事など出来ぬジャンクフード漬けの貧乏人達が住むスラム街(ホットドッグとかハンバーガーとかタコスの店ばっか)にふらりと現れると寿司屋を開いた謎のスシ・シェフ。


その腕前は筋金入り、あらゆる事にこだわり抜いたやつの店では天然の本マグロまで出す!

だが同時に気難しく、店でマナー違反を犯した客は瞬く間に包丁で首を跳ねられてしまうのだ。


寿司も美味いが、強さも凄い!角刈り入れ墨の謎の男!!


こだわり抜いてる割には人を斬り殺した包丁で普通に魚を捌いてたりするが細かいことは気にするな!!


見るからに勘違いジャパン、おもしろジャパンのアメコミ臭を漂わせる『GET JIRO!』

だがこのコミックの恐ろしいところは原作者がアンソニー・ボーデインというところだ。


アンソニー・ボーデイン!!

キッチン・コンフィデンシャル

キッチン・コンフィデンシャル


この本を書いた!レストラン業界の裏側と料理人という人種のアウトローっぷりがたっぷり味わえるナイスブック!超面白かった。
(若き日の尖りまくったアンソニーが仕事の後にTシャツジーパンでパンクのコンサートに行き、革ジャンとチェーンでキメたグルーピーから「そんなダサいカッコで来るんじゃねえよ」と絡まれて
「てめえらパンクの癖に制服があるのかよ!マジだっせーな!」って罵倒して袋にされるエピソードとか最高だった……この本に載ってたよね?)

そしてディスカバリーチャンネルの人気番組『アンソニー世界を喰らう』で世界中を飛び回って珍しいもの、愉快なもの、そして何より美味しいものをかっ食らってみせた!

本人も凄腕の有名料理人だ!


当然ながら料理関係の描写はやたら丁寧で、別に寿司職人でもなんでもない僕にはツッコミを入れることはできなかった。
(鰻だか穴子だかを捌いて、煮たり蒲焼きにしたりする手順抜きに握ってた事に今気づいたけど、別の理由を探して褒めるのが面倒くさいので気にしないことにします。演出の都合かもしれないし、多分素人にはわかんない理由がある。うん。)

なにしろジローの店で醤油皿にワサビを溶いたり、ご飯部分を醤油にひたしたり、カリフォルニアロールを頼んだりすれば命がない。


箸を使っただけでジローは舌打ちをする。厳しい。厳しすぎて多分日本人でも7割位の客は店内で死ぬ。


そう、勘違いジャパン描写が面白いのではない。


ちゃんと知ってるやつがやりたい放題した、過激で過剰で皮肉の効きまくったエクストリーム描写が面白いのだ。
(ジローのスシの師匠は同名実在の寿司職人小野二郎氏にそっくりだ)


フランス料理、イタリア料理、菜食主義の足の裏をチクチク突きまくる皮肉な台詞。


悪者はジローにシラスウナギ絶滅危惧種だ!)を振る舞い、ジローの店では”今じゃ太平洋に10匹いるかどうか”な本マグロのスシを出す。


”1月にトマトのカプレーゼを出した”のを理由に配下のシェフを処刑する自然派菜食主義者はこっそり隠れてフォアグラ食うし


大衆にデコレートしたジャンクを食わせて設けた金で伝統のレシピを追求する(『ラーメン発見伝』の芹沢さんみたいな)シェフだって腹が減ればそこらの屋台でタコス食って美味いっていうのだ。


思想信条の金看板を鼻で笑ってみせる。


この料理への情熱と妙に醒めた視線が同居する感じはいかにも『キッチン・コンフィデンシャル』書いた作者の作品であり、明らかに頭がおかしいのになんとなく知的で小癪な感じがする。


アメコミ好き、料理好き、ゴラクビジネスジャンプで昔やってたような珍妙殺し屋が主人公の漫画好きの人々よ。


このグラフィックノベルは君のための本だ。

言うなればグルメ用心棒! 

スシ・ラストマン・スタンディング! 

あるいは発狂したトリコ!!


さあ、今すぐ本屋さんで「ゲットジロー!」

架神恭介著 仁義なきキリスト教史

キリスト教の歴史を広島やくざで語るスーパー罰当たりブック。

こんなサタスペみたいな本がちくま文庫から出ているのは大変感動的であり、いそいそと買ってきて読んだのであった。

信者を「やくざ」 

教会を「組」

信仰を「任侠道」

と言い換え、身も蓋もないヤクザの抗争として世界宗教の歴史を振り返ることでなんか色々見えてくる……というギミックの本だと思うのですが

僕はそのギミックの方に夢中になってしまったのだ。


「あいつら、言うてみりゃ人の罪で飯食うとるんで」

「糞の中の糞、糞のイデアじゃと思うとった」

「やくざであるにも関わらず騎士と同様の鎖かたびらに身を包み、自らの馬を駆って前線に躍り出て戦うのが専ら(中略)ほとんど騎士のようなやくざがこの時代にはいたのである」

ネフィリムじゃ!奴らの中にネフィリムがおったんじゃ!」

ネフィリムとは異常巨体で知られる武闘派やくざ集団のことである」

等のすさまじい寝言の嵐。


文庫版おまけ『出エジプト 若頭モーセの苦悩』の振り切れた大惨事っぷりは相当堪らないわよ。

ほんとサタスペみたいな本だったわ*1

アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)

アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)

*1:なんでもサタスペに結合する風土病

マイク・シェパード著 中原尚哉訳 海軍士官クリス・ロングナイフ 勅命臨時大使、就任!


星間戦争の英雄と星間連合国王の曾孫で、銀河間メガコーポのCEOの孫で、惑星国家首相の娘、兄は政治家、莫大な信託財産を持ち

アクが強くて跳ねっ返りだが凄腕揃いの部下達

滅びた異星文明のデバイスを組み込んだ人類宇宙最高のAI

ハンサムで優秀で自分のことを密かに愛している口うるさい警護官を持ち

諜報と犯罪に長けた武装メイド

死線をくぐり抜けた絆で結ばれた海軍士官達

ミレニアム・ファルコン張りの改造を施された偽装商船ワスプ号と

それを操る元海賊の船長&スタッフ

法務担当として引退した元最高裁判所判事

調査チームスタッフとしてあらゆるジャンルにまたがる学者チームと

完全武装海兵隊一個中隊を率いて宇宙を暴れまわる無敵エスタブリッシュメントヒロイン、クリス・ロングナイフが主人公の人気シリーズ第7弾。

今回クリスとそのチームが挑む人類社会の無理難題は2つ。

外交と利権調整だ。


失われた異星種族のワームホールを発見したクリスとそのチームは「よっしゃ調査だ探検だ」とばかりに調査団を結成、銀河辺境をうろうろして様々な謎に挑んだり

辺境の人々を踏んづけている悪党(海賊とか腐敗した現地権力者とか)を血祭りにあげる日常を過ごしていたが、彼女達の前に恐るべき人類の敵対種族イティーチの戦闘艦が姿を現す。

両種族を絶滅寸前にまで追い詰めた「イティーチ戦争」集結より80年。

緩衝宙域を隔てて不干渉主義を貫いてきたイティーチの侵入に色めき立つ一行。

イティーチ族は人類にはちょっとやそっとじゃ理解できない複雑怪奇極まる儀礼に基づいて動き、一つでもそれを間違えれば即、流血の惨事である。


軍事的緊張、異文化との綱渡りのコミュニケーション、敵対民族に対する憎悪と偏見。

どう考えてもクリア不能ミッションなのだがクリス・ロングナイフの船には人類宇宙でベストな人材がかき集めてあるのでヒーヒー言いつつもコンタクトに成功、彼等の目的が判明する。


彼等は侵略者ではなく、イティーチ皇帝の特使であり、その目的はかつて停戦合意を結んだ人類の指導者、つまりクリスの曽祖父レイ王との会見だったのだ。


人類最悪の敵対種族からやってきた外交使節を、今も政治的なごたつきが続く本星の王のもとにどう連れて行くのか……?



後半は打って変わってアメリカ南部っぽい辺境惑星で農村部に住む酪農家と

都市部に住む工場経営者達の衝突を調整しに行く話。


星や町の名前に「ダラス」ってついてたり、凄くデトロイトっぽい産業形態だったりと

2017年のこの時期に読むと割と興味深い。

街の奴らは信用ならねえ!と改造ピックアップトラックに乗り、でかい銃を腰から吊るすのがフォーマルな田舎

VS

強欲で野蛮な百姓のせいで星の発展が遅れている!と鼻息の荒い資本家たち。

2つの陣営に引き裂かれた若き恋人達。

そして両陣営の対立を煽る影の勢力。

絡み合った思惑、利権、慣習と素朴な偏見。

考えるだけで面倒くさい諸問題と暴力がクリスの行く手に立ちふさがる!!


人類が取れるあらゆる解決手段(主に暴力と無尽蔵な資本)をスナック感覚で行使できる若きヒロインの運命は!?




このシリーズしみじみと面白いわ……翻訳がゆったりしたペースで進む間にあっちで新作が出て残り7冊。


全部日本語で読みたいわね。




ところで日本語版を出す以上原題のままのタイトルだと訳わかんないからだろうと思うし、今更変えるのはありえないんだけど

新任少尉、出撃!
救出ミッション、始動!
防衛戦隊、出陣!
辺境星区司令官、着任!
特命任務、発令!
王立調査船、進撃!

こんな具合に!がくっつくこのシリーズのサブタイトルだけはイマイチ野暮ったく感じてピンとこないのよね。
翻訳は凄く好きなんだけどこのサブタイトルのネーミングメソッドだけはなんかムズムズするわ。知覚過敏かしらね(ぼんやり顔)

クリス・ホルム著 田中俊樹訳 『殺し屋を殺せ』

殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)

殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)


殺し屋専門の殺し屋マイクル・ヘンドリクス。


元特殊部隊隊員であった彼は数多くの非合法作戦に参加し、その過程で磨り減り、人間性を喪失した。


彼の最後の任務。アフガニスタンでの作戦中に部隊は仕掛け爆弾で全滅。

彼もまた命を落としたと思われた……



だがヘンドリクスさんは生きていた。


血塗られた俺の命に何の意味があるのか。


ところで故郷に駆け落ちまでしたマジラブの恋人を残してきたけど、こんなに罪深くて殺人マシーンみたいになっちゃった俺はもう彼女の前に姿を現せない……


だから死んだことにしておく!


でも、半自動式キラー・エリートの帰還兵に出来る仕事なんてない……


しょうがないから殺し屋になる!


これ以上罪を重ねて生きていくことが許されるのか……?償いをすべきでは……


よし!殺し屋だけ殺そう!



かくて殺し屋専門の殺し屋が生まれた。


決まった手口を持たず、必ず依頼を成功させ、姿を見せず、結果だけが残る。


FBIからも存在を疑われるハンターキラー。


その名も「ゴースト」!!





その名も「ゴースト」!!




その名も「ゴースト」!!!!




カッコよすぎて死ぬ。



本作は殺し屋殺しの専門家ヘンドリクスさんが、モラルと過去の傷に挟まれてにっちもさっちもいかなくなり


犯罪者や殺し屋やFBIや暗殺組織と華麗に死闘を繰り広げ


昔の彼女の事を思い出して涙目になったりしつつプロフェッショナルっぽいアクションをイカしたシチュエーションでビシバシ決める娯楽大作です。


主人公のド直球すぎる正義の殺し屋設定は凄いけど、彼が活躍する舞台とか、犯罪者の手口とか、かなり印象深い脇役達の描写を見ると

(これ、主人公の設定はマーケティングの結果で、本当に書きたいのは脇の方なんじゃ……)という疑り深い目になった。


疑り深い目になったまま読み続けたが、話がカジノに入ってから一気に面白さが加速して最後まで読み終えてしまった。

主人公が警察の包囲から脱出する際に、ホテルの部屋に侵入してその部屋を借りてた夫婦の服とかを盗むんだけどその時に

(彼らの休暇を台無しにしてしまった……)とか一瞬申し訳無さそうな顔をするのよね。

この細やかな気遣いでゴーストさんが好きになってしまった。


主人公のド派手な設定と裏腹に、彼が活躍する世界や登場人物達の描写が丁寧で、そこが魅力ね。

アン・レッキー著 赤尾秀子訳 星群艦隊

星群艦隊 (創元SF文庫)

星群艦隊 (創元SF文庫)


本体である兵員輸送艦と愛する副長を失い、復讐の為に自らを生み出した銀河帝国ラドチの皇帝、アナンダ・ミアナーイに反旗を翻したハイパーAI主人公ブレクさんが主人公の三部作完結編。


ブレクさんは愛と別離の哀しみを知り、蹂躙するものとされる者、支配するものと従属するもの、人とAI、被害者と加害者だいたい全ての立ち位置を経験済みの2000歳のAIである。


そんなブレクさんが2つに分裂した皇帝の争いの真ん中で「どっちも気に食わねえ」って顔しながらも


アソエク星系ステーションの駐留艦隊司令として人種差別や植民地主義や人格蹂躙や亡霊星域の謎解きや圧倒的超越種族との綱渡り外交を、莫大な経験値からくる安定感でやっつけつつ


業を煮やして乗り込んできたより暴君で悪辣な方のアナンダ・ミアナーイと対決する。


暴君 VS AIマン!

「民のため、正義のため、ラドチのため、お前は何も判ってない、お前がしたことは全体にとって有害、黙って言うことを聞けパンチ」を繰り出す皇帝と

「よりによってこの俺に向かって何偉そうな寝言抜かしてやがる、んなこた100も承知なんだよ、そもそもてめえ裏切ったじゃねえかこのクソ野郎キック」でカウンターを狙うブレクさん。


そしてハイパーSFアクションとヒロイズムとウィットとユーモア大盛りの会話の果てに炸裂する小粋クライマックス。


登場人物達の魅力もより一層磨きがかかって、最後まで面白さが加速しっぱなしのナイスブック。


早速読んでブレクさん無双に薄笑いをもらそう!

ピーター・トライアス著 中原尚哉訳『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』


ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)



第二次世界大戦で巨大ロボと原爆を開発した日本がアメリカに勝利してから40年。

検閲局勤務のぼんくら大尉石村紅功は特高の女、槻野の訪問を受けてかつての上官、六浦賀(むつらが)将軍の消息を追うことになる。

軍事シミュレーションゲーム開発者として名高い彼が密かに開発して流布したとされるゲーム『USA』

第二次世界大戦アメリカが勝利した架空の歴史を描くこのゲームは、反日主義のアメリカ人抵抗勢力の間で広く遊ばれているという……



フィリップ・K・ディックの『高い城の男』を下敷きにぼんくらエレメントを叩き込んだ上で現代要素を加味したら出てきた本格歴史改変SF。


SHOGO』みたいな燃え盛る勘違いジャパンかと思ったら、ぼんくら的でありつつも割と「ありそう……」ってレベルのリアリティに落とし込まれた日本社会でびっくりしまんた。


冒頭にいきなり出てくる体内に傍受不能な通信機器を埋め込んだ連絡員「肉電話」をはじめとして、グロテスクで悪趣味な描写も頻出するけど

影響を受けた作家のリストに力強く木城ゆきと先生の名前があり、なるほど『銃夢』っぽい……と納得する。


日系人収容所から開放された女性が「もう一日早く助けに来てくれたら夫は拷問されて死なずにすんだ!」って解放者の帝国軍人に食って掛かる冒頭シーン。

自由の国アメリカの暗部を描くと同時に、警告を無視して逆上のあまり天皇を罵倒した女性を軍人が射殺する。

この後生まれてくるディストピアを暗示するシーンなんだけど、アメリカだろうと日帝だろうと間に挟まれた弱者にとって致命的なのは変わらない感があっていきなり骨太。


その後も、マシンのように冷徹に任務を果たす特高課員が捕虜になり、拷問を受け、解放されるも敵への内通を疑われ、不祥事の責任を取らせるために憲兵の取り調べを受けるシーンとか

軍人が「アメリカに原爆を落としたのはナチスへの示威行為ではなく、アメリカ民間人の犠牲者を減らすためだった」って言い切ったりとか


かなり皮肉のきいたどんでん返しが頻発する。

被害者と加害者がぐるぐる入れ替わる。


変革の訪れを予期させつつも寂寞感を残して終わるラストシーンとか、傑作感は強いわ。



とはいえボンクラ要素も強烈であった。


やたら執拗で悪趣味な死の描写とか

敗者が面白拷問で処刑されるFPS大会(先述の『USA』を使った大会だ)を行ってるカジノ船とか

しれっと出てくる女体男体盛り

艦むす水中バレエ

『USA』作者、六浦賀将軍の制作したヒットシリーズのタイトルが『名誉の戦死』だったり

巨大ロボの名前はトーチャラー級ハリネズミ號とかコロス級ムササビ號とかだ。



全体的に2000年代初頭のFPSの匂いがすると思ったら著者のトライアスさんは『メダル・オブ・オナーパシフィック・アサルト』の開発に参加していたという。納得だわ。



『高い城の男』は雰囲気は好きだけど話は退屈だと思ったんで、わたくしはこっちの方が好きね。

俺とD10


前日譚『おじいとD6』 http://d.hatena.ne.jp/Kurono42/20051113


タカヒロが死んでから10年の月日が過ぎた。

タカヒロは村一番のD6撃ちだった。


タカヒロの祖父もD6名人として名を馳せた。


その祖父が天羅万象と相打ちになって天に召された後も、タカヒロはD6を撃ち続けた。


タカヒロは常に60数個のD6を持ち歩き続け、シャドウランだろうとアルシャードだろうとアリアンロッドだろうと危なげなく狩った。


タカヒロのD6の前に敵はおらず、神話級のデータを前にしても彼のD6が尽きることはなかった。



彼のD6が卓上を転がる小気味良い音は常に勝利を運び、タカヒロが敗れるところなど、想像するのも難しかった。


”奴”に出会うまでは。



ダブルクロス』それは裏切りを意味する言葉。


”キュマイラ”やつはそう哭いた。

ハヌマーン”風がそう呼んだ。


全てのロイスはタイタスとなり、凄まじい数のD10が要求された。


JGCの要塞ホテルではやつを倒すためだけに専用のD10が大量のセットで売りに出され、飛ぶように売れたこともあったという。


タカヒロはD6撃ちだ。


D10は持っていなかった。



ああ、D10。


D6がダイスの王ならD10は女王だ。


2色色違いのD10があればBRPだろうとその眷属だろうと、女神転生だってしのげる。

1つが10の位。もう1つが1の位だ。


45口径拳銃、狩猟用ライフル、両手に握ったバスタードソード。

平均より上の火力を求めるものたち全ての要求に答えてくれる、それがD10だ。


俺はタカヒロの幼馴染だった。


俺の弟もそうだった。


弟はD10を愛していた。


だがD10だけを愛しすぎたのが間違いだった。


弟の名はアキヒコ。


アキヒコはShadowrun2ndに喰われて死んだ。


D10しか持っていなかったから。


タカヒロは泣きながら俺に謝った。


自分に勇気がなかったからアキヒコを助けられなかったと。


自分はShadowrunによくきくD6をたくさん持っていたのに、と。


気にするな。俺はそういった。


村に押し寄せたShadowrunの群れは物凄い数だった。


例えタカヒロが応戦していたとしても、北壁の見張り塔に居たアキヒコが助かっていたとは思えないと。


だが、俺は心の何処かでタカヒロが上手くやらなかったことを責めていたし

タカヒロもそれに気づいていた。


俺達の間には気まずい沈黙が流れ、それはそのまま溝となって俺達の友情を隔てた。



タカヒロがD6の修羅になっていったのはその頃からだった。





俺はD10を常に20個持ち歩く。

そしてD6も20個。


タカヒロの形見だ。


俺は常に備えを怠らない。


小さな小さなタカヒロの棺。


掌に乗るほどしか残らなかったタカヒロ


あれほど強かったタカヒロ


俺の恨みがましい目を背負ったまま戦い続けた幼馴染。


俺が死に追いやった男。


そんなあいつの生きた証を立てるためにも俺は勝ち続け、生き延び続ける。


RQ、CoC、ロードス、メタルヘッド、ゴーストハンター、ガンドッグ真・女神転生


俺はD10とD6を使って恐ろしい怪物たちを屠り続ける。


ダブルクロスの仔、その孫、どんどん鋭さを増す一族と戦い続ける。


ブレイド・オブ・アルカナ。D10もD6も効かない。


だが俺には備えがある。


D20。異国より到来した3つの異形のダイス。


遥か海の彼方ではこれを使って子供たちが数字を学ぶのだという。


俺にはそんな数学は想像もつかない。


だが、こいつの大口径があれば海の向こうからやってきた怪物とも渡り合える。

5%刻みで確率を支配するこいつと手に馴染んだD10、そして友のd6を組み合わせれば。




原初の竜。


地下牢に潜む、はじまりの怪物の噂を聞いたのはその頃のことだ。


そいつはこの世で一番最初に生まれた怪物だという。


数え切れないほどの猟師を食い荒らしてきた伝説だという。


複雑な換算式に基づく鱗は暗算に慣れぬ戦士に命中判定を許さず


ダイスを使い分ける機知を持たぬものを食い荒らすのだと。



村の連中は俺を止めた。


相手は大自然の暴威だ。嵐のようなものだ。


雷雲に槍をかざしても得られるのは死だけだ。


地下に篭ってやり過ごすべきだと。


ふざけるなと俺は言った。


俺達はダイス撃ち。誇り高い戦士であり狩人だ。


例えそいつが


『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』が神話の怪物だとしても

このD20、D10、D6で仕留めてみせると。






どんよりと曇った空、湿った風が吹き付ける城壁の上に俺は一人立っていた。



村人は一人残らず避難した。


奴に立ちはだかるのは俺だけだ。


俺一人。それで十分なのだ。




雷雲をまとってやつが来る。



ロングソードのD8ダメージと


マジックミサイルのD4ダメージを連れて、やつが来る。




俺は口の中で祈りをつぶやく。


父と母の名を呼び、死んだ弟とタカヒロに祈る。



どうかD4を……D4を俺に要求しないでくれと。


出た目の参照先が底辺だったり、頂点だったりダイス毎に違うあやふやなダイス。


とらえどころのないピラミッドを俺に求めないでくれと。



それさえなければ。


それさえなければ俺は勝てる。


俺は―――





風が凪ぎ、俺は自らの死を目前に見た。






「俺とD10」〜〜完〜〜