架神恭介著 仁義なきキリスト教史

キリスト教の歴史を広島やくざで語るスーパー罰当たりブック。

こんなサタスペみたいな本がちくま文庫から出ているのは大変感動的であり、いそいそと買ってきて読んだのであった。

信者を「やくざ」 

教会を「組」

信仰を「任侠道」

と言い換え、身も蓋もないヤクザの抗争として世界宗教の歴史を振り返ることでなんか色々見えてくる……というギミックの本だと思うのですが

僕はそのギミックの方に夢中になってしまったのだ。


「あいつら、言うてみりゃ人の罪で飯食うとるんで」

「糞の中の糞、糞のイデアじゃと思うとった」

「やくざであるにも関わらず騎士と同様の鎖かたびらに身を包み、自らの馬を駆って前線に躍り出て戦うのが専ら(中略)ほとんど騎士のようなやくざがこの時代にはいたのである」

ネフィリムじゃ!奴らの中にネフィリムがおったんじゃ!」

ネフィリムとは異常巨体で知られる武闘派やくざ集団のことである」

等のすさまじい寝言の嵐。


文庫版おまけ『出エジプト 若頭モーセの苦悩』の振り切れた大惨事っぷりは相当堪らないわよ。

ほんとサタスペみたいな本だったわ*1

アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)

アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)

*1:なんでもサタスペに結合する風土病

マイク・シェパード著 中原尚哉訳 海軍士官クリス・ロングナイフ 勅命臨時大使、就任!


星間戦争の英雄と星間連合国王の曾孫で、銀河間メガコーポのCEOの孫で、惑星国家首相の娘、兄は政治家、莫大な信託財産を持ち

アクが強くて跳ねっ返りだが凄腕揃いの部下達

滅びた異星文明のデバイスを組み込んだ人類宇宙最高のAI

ハンサムで優秀で自分のことを密かに愛している口うるさい警護官を持ち

諜報と犯罪に長けた武装メイド

死線をくぐり抜けた絆で結ばれた海軍士官達

ミレニアム・ファルコン張りの改造を施された偽装商船ワスプ号と

それを操る元海賊の船長&スタッフ

法務担当として引退した元最高裁判所判事

調査チームスタッフとしてあらゆるジャンルにまたがる学者チームと

完全武装海兵隊一個中隊を率いて宇宙を暴れまわる無敵エスタブリッシュメントヒロイン、クリス・ロングナイフが主人公の人気シリーズ第7弾。

今回クリスとそのチームが挑む人類社会の無理難題は2つ。

外交と利権調整だ。


失われた異星種族のワームホールを発見したクリスとそのチームは「よっしゃ調査だ探検だ」とばかりに調査団を結成、銀河辺境をうろうろして様々な謎に挑んだり

辺境の人々を踏んづけている悪党(海賊とか腐敗した現地権力者とか)を血祭りにあげる日常を過ごしていたが、彼女達の前に恐るべき人類の敵対種族イティーチの戦闘艦が姿を現す。

両種族を絶滅寸前にまで追い詰めた「イティーチ戦争」集結より80年。

緩衝宙域を隔てて不干渉主義を貫いてきたイティーチの侵入に色めき立つ一行。

イティーチ族は人類にはちょっとやそっとじゃ理解できない複雑怪奇極まる儀礼に基づいて動き、一つでもそれを間違えれば即、流血の惨事である。


軍事的緊張、異文化との綱渡りのコミュニケーション、敵対民族に対する憎悪と偏見。

どう考えてもクリア不能ミッションなのだがクリス・ロングナイフの船には人類宇宙でベストな人材がかき集めてあるのでヒーヒー言いつつもコンタクトに成功、彼等の目的が判明する。


彼等は侵略者ではなく、イティーチ皇帝の特使であり、その目的はかつて停戦合意を結んだ人類の指導者、つまりクリスの曽祖父レイ王との会見だったのだ。


人類最悪の敵対種族からやってきた外交使節を、今も政治的なごたつきが続く本星の王のもとにどう連れて行くのか……?



後半は打って変わってアメリカ南部っぽい辺境惑星で農村部に住む酪農家と

都市部に住む工場経営者達の衝突を調整しに行く話。


星や町の名前に「ダラス」ってついてたり、凄くデトロイトっぽい産業形態だったりと

2017年のこの時期に読むと割と興味深い。

街の奴らは信用ならねえ!と改造ピックアップトラックに乗り、でかい銃を腰から吊るすのがフォーマルな田舎

VS

強欲で野蛮な百姓のせいで星の発展が遅れている!と鼻息の荒い資本家たち。

2つの陣営に引き裂かれた若き恋人達。

そして両陣営の対立を煽る影の勢力。

絡み合った思惑、利権、慣習と素朴な偏見。

考えるだけで面倒くさい諸問題と暴力がクリスの行く手に立ちふさがる!!


人類が取れるあらゆる解決手段(主に暴力と無尽蔵な資本)をスナック感覚で行使できる若きヒロインの運命は!?




このシリーズしみじみと面白いわ……翻訳がゆったりしたペースで進む間にあっちで新作が出て残り7冊。


全部日本語で読みたいわね。




ところで日本語版を出す以上原題のままのタイトルだと訳わかんないからだろうと思うし、今更変えるのはありえないんだけど

新任少尉、出撃!
救出ミッション、始動!
防衛戦隊、出陣!
辺境星区司令官、着任!
特命任務、発令!
王立調査船、進撃!

こんな具合に!がくっつくこのシリーズのサブタイトルだけはイマイチ野暮ったく感じてピンとこないのよね。
翻訳は凄く好きなんだけどこのサブタイトルのネーミングメソッドだけはなんかムズムズするわ。知覚過敏かしらね(ぼんやり顔)

クリス・ホルム著 田中俊樹訳 『殺し屋を殺せ』

殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)

殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)


殺し屋専門の殺し屋マイクル・ヘンドリクス。


元特殊部隊隊員であった彼は数多くの非合法作戦に参加し、その過程で磨り減り、人間性を喪失した。


彼の最後の任務。アフガニスタンでの作戦中に部隊は仕掛け爆弾で全滅。

彼もまた命を落としたと思われた……



だがヘンドリクスさんは生きていた。


血塗られた俺の命に何の意味があるのか。


ところで故郷に駆け落ちまでしたマジラブの恋人を残してきたけど、こんなに罪深くて殺人マシーンみたいになっちゃった俺はもう彼女の前に姿を現せない……


だから死んだことにしておく!


でも、半自動式キラー・エリートの帰還兵に出来る仕事なんてない……


しょうがないから殺し屋になる!


これ以上罪を重ねて生きていくことが許されるのか……?償いをすべきでは……


よし!殺し屋だけ殺そう!



かくて殺し屋専門の殺し屋が生まれた。


決まった手口を持たず、必ず依頼を成功させ、姿を見せず、結果だけが残る。


FBIからも存在を疑われるハンターキラー。


その名も「ゴースト」!!





その名も「ゴースト」!!




その名も「ゴースト」!!!!




カッコよすぎて死ぬ。



本作は殺し屋殺しの専門家ヘンドリクスさんが、モラルと過去の傷に挟まれてにっちもさっちもいかなくなり


犯罪者や殺し屋やFBIや暗殺組織と華麗に死闘を繰り広げ


昔の彼女の事を思い出して涙目になったりしつつプロフェッショナルっぽいアクションをイカしたシチュエーションでビシバシ決める娯楽大作です。


主人公のド直球すぎる正義の殺し屋設定は凄いけど、彼が活躍する舞台とか、犯罪者の手口とか、かなり印象深い脇役達の描写を見ると

(これ、主人公の設定はマーケティングの結果で、本当に書きたいのは脇の方なんじゃ……)という疑り深い目になった。


疑り深い目になったまま読み続けたが、話がカジノに入ってから一気に面白さが加速して最後まで読み終えてしまった。

主人公が警察の包囲から脱出する際に、ホテルの部屋に侵入してその部屋を借りてた夫婦の服とかを盗むんだけどその時に

(彼らの休暇を台無しにしてしまった……)とか一瞬申し訳無さそうな顔をするのよね。

この細やかな気遣いでゴーストさんが好きになってしまった。


主人公のド派手な設定と裏腹に、彼が活躍する世界や登場人物達の描写が丁寧で、そこが魅力ね。

アン・レッキー著 赤尾秀子訳 星群艦隊

星群艦隊 (創元SF文庫)

星群艦隊 (創元SF文庫)


本体である兵員輸送艦と愛する副長を失い、復讐の為に自らを生み出した銀河帝国ラドチの皇帝、アナンダ・ミアナーイに反旗を翻したハイパーAI主人公ブレクさんが主人公の三部作完結編。


ブレクさんは愛と別離の哀しみを知り、蹂躙するものとされる者、支配するものと従属するもの、人とAI、被害者と加害者だいたい全ての立ち位置を経験済みの2000歳のAIである。


そんなブレクさんが2つに分裂した皇帝の争いの真ん中で「どっちも気に食わねえ」って顔しながらも


アソエク星系ステーションの駐留艦隊司令として人種差別や植民地主義や人格蹂躙や亡霊星域の謎解きや圧倒的超越種族との綱渡り外交を、莫大な経験値からくる安定感でやっつけつつ


業を煮やして乗り込んできたより暴君で悪辣な方のアナンダ・ミアナーイと対決する。


暴君 VS AIマン!

「民のため、正義のため、ラドチのため、お前は何も判ってない、お前がしたことは全体にとって有害、黙って言うことを聞けパンチ」を繰り出す皇帝と

「よりによってこの俺に向かって何偉そうな寝言抜かしてやがる、んなこた100も承知なんだよ、そもそもてめえ裏切ったじゃねえかこのクソ野郎キック」でカウンターを狙うブレクさん。


そしてハイパーSFアクションとヒロイズムとウィットとユーモア大盛りの会話の果てに炸裂する小粋クライマックス。


登場人物達の魅力もより一層磨きがかかって、最後まで面白さが加速しっぱなしのナイスブック。


早速読んでブレクさん無双に薄笑いをもらそう!

ピーター・トライアス著 中原尚哉訳『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』


ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)



第二次世界大戦で巨大ロボと原爆を開発した日本がアメリカに勝利してから40年。

検閲局勤務のぼんくら大尉石村紅功は特高の女、槻野の訪問を受けてかつての上官、六浦賀(むつらが)将軍の消息を追うことになる。

軍事シミュレーションゲーム開発者として名高い彼が密かに開発して流布したとされるゲーム『USA』

第二次世界大戦アメリカが勝利した架空の歴史を描くこのゲームは、反日主義のアメリカ人抵抗勢力の間で広く遊ばれているという……



フィリップ・K・ディックの『高い城の男』を下敷きにぼんくらエレメントを叩き込んだ上で現代要素を加味したら出てきた本格歴史改変SF。


SHOGO』みたいな燃え盛る勘違いジャパンかと思ったら、ぼんくら的でありつつも割と「ありそう……」ってレベルのリアリティに落とし込まれた日本社会でびっくりしまんた。


冒頭にいきなり出てくる体内に傍受不能な通信機器を埋め込んだ連絡員「肉電話」をはじめとして、グロテスクで悪趣味な描写も頻出するけど

影響を受けた作家のリストに力強く木城ゆきと先生の名前があり、なるほど『銃夢』っぽい……と納得する。


日系人収容所から開放された女性が「もう一日早く助けに来てくれたら夫は拷問されて死なずにすんだ!」って解放者の帝国軍人に食って掛かる冒頭シーン。

自由の国アメリカの暗部を描くと同時に、警告を無視して逆上のあまり天皇を罵倒した女性を軍人が射殺する。

この後生まれてくるディストピアを暗示するシーンなんだけど、アメリカだろうと日帝だろうと間に挟まれた弱者にとって致命的なのは変わらない感があっていきなり骨太。


その後も、マシンのように冷徹に任務を果たす特高課員が捕虜になり、拷問を受け、解放されるも敵への内通を疑われ、不祥事の責任を取らせるために憲兵の取り調べを受けるシーンとか

軍人が「アメリカに原爆を落としたのはナチスへの示威行為ではなく、アメリカ民間人の犠牲者を減らすためだった」って言い切ったりとか


かなり皮肉のきいたどんでん返しが頻発する。

被害者と加害者がぐるぐる入れ替わる。


変革の訪れを予期させつつも寂寞感を残して終わるラストシーンとか、傑作感は強いわ。



とはいえボンクラ要素も強烈であった。


やたら執拗で悪趣味な死の描写とか

敗者が面白拷問で処刑されるFPS大会(先述の『USA』を使った大会だ)を行ってるカジノ船とか

しれっと出てくる女体男体盛り

艦むす水中バレエ

『USA』作者、六浦賀将軍の制作したヒットシリーズのタイトルが『名誉の戦死』だったり

巨大ロボの名前はトーチャラー級ハリネズミ號とかコロス級ムササビ號とかだ。



全体的に2000年代初頭のFPSの匂いがすると思ったら著者のトライアスさんは『メダル・オブ・オナーパシフィック・アサルト』の開発に参加していたという。納得だわ。



『高い城の男』は雰囲気は好きだけど話は退屈だと思ったんで、わたくしはこっちの方が好きね。

俺とD10


前日譚『おじいとD6』 http://d.hatena.ne.jp/Kurono42/20051113


タカヒロが死んでから10年の月日が過ぎた。

タカヒロは村一番のD6撃ちだった。


タカヒロの祖父もD6名人として名を馳せた。


その祖父が天羅万象と相打ちになって天に召された後も、タカヒロはD6を撃ち続けた。


タカヒロは常に60数個のD6を持ち歩き続け、シャドウランだろうとアルシャードだろうとアリアンロッドだろうと危なげなく狩った。


タカヒロのD6の前に敵はおらず、神話級のデータを前にしても彼のD6が尽きることはなかった。



彼のD6が卓上を転がる小気味良い音は常に勝利を運び、タカヒロが敗れるところなど、想像するのも難しかった。


”奴”に出会うまでは。



ダブルクロス』それは裏切りを意味する言葉。


”キュマイラ”やつはそう哭いた。

ハヌマーン”風がそう呼んだ。


全てのロイスはタイタスとなり、凄まじい数のD10が要求された。


JGCの要塞ホテルではやつを倒すためだけに専用のD10が大量のセットで売りに出され、飛ぶように売れたこともあったという。


タカヒロはD6撃ちだ。


D10は持っていなかった。



ああ、D10。


D6がダイスの王ならD10は女王だ。


2色色違いのD10があればBRPだろうとその眷属だろうと、女神転生だってしのげる。

1つが10の位。もう1つが1の位だ。


45口径拳銃、狩猟用ライフル、両手に握ったバスタードソード。

平均より上の火力を求めるものたち全ての要求に答えてくれる、それがD10だ。


俺はタカヒロの幼馴染だった。


俺の弟もそうだった。


弟はD10を愛していた。


だがD10だけを愛しすぎたのが間違いだった。


弟の名はアキヒコ。


アキヒコはShadowrun2ndに喰われて死んだ。


D10しか持っていなかったから。


タカヒロは泣きながら俺に謝った。


自分に勇気がなかったからアキヒコを助けられなかったと。


自分はShadowrunによくきくD6をたくさん持っていたのに、と。


気にするな。俺はそういった。


村に押し寄せたShadowrunの群れは物凄い数だった。


例えタカヒロが応戦していたとしても、北壁の見張り塔に居たアキヒコが助かっていたとは思えないと。


だが、俺は心の何処かでタカヒロが上手くやらなかったことを責めていたし

タカヒロもそれに気づいていた。


俺達の間には気まずい沈黙が流れ、それはそのまま溝となって俺達の友情を隔てた。



タカヒロがD6の修羅になっていったのはその頃からだった。





俺はD10を常に20個持ち歩く。

そしてD6も20個。


タカヒロの形見だ。


俺は常に備えを怠らない。


小さな小さなタカヒロの棺。


掌に乗るほどしか残らなかったタカヒロ


あれほど強かったタカヒロ


俺の恨みがましい目を背負ったまま戦い続けた幼馴染。


俺が死に追いやった男。


そんなあいつの生きた証を立てるためにも俺は勝ち続け、生き延び続ける。


RQ、CoC、ロードス、メタルヘッド、ゴーストハンター、ガンドッグ真・女神転生


俺はD10とD6を使って恐ろしい怪物たちを屠り続ける。


ダブルクロスの仔、その孫、どんどん鋭さを増す一族と戦い続ける。


ブレイド・オブ・アルカナ。D10もD6も効かない。


だが俺には備えがある。


D20。異国より到来した3つの異形のダイス。


遥か海の彼方ではこれを使って子供たちが数字を学ぶのだという。


俺にはそんな数学は想像もつかない。


だが、こいつの大口径があれば海の向こうからやってきた怪物とも渡り合える。

5%刻みで確率を支配するこいつと手に馴染んだD10、そして友のd6を組み合わせれば。




原初の竜。


地下牢に潜む、はじまりの怪物の噂を聞いたのはその頃のことだ。


そいつはこの世で一番最初に生まれた怪物だという。


数え切れないほどの猟師を食い荒らしてきた伝説だという。


複雑な換算式に基づく鱗は暗算に慣れぬ戦士に命中判定を許さず


ダイスを使い分ける機知を持たぬものを食い荒らすのだと。



村の連中は俺を止めた。


相手は大自然の暴威だ。嵐のようなものだ。


雷雲に槍をかざしても得られるのは死だけだ。


地下に篭ってやり過ごすべきだと。


ふざけるなと俺は言った。


俺達はダイス撃ち。誇り高い戦士であり狩人だ。


例えそいつが


『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』が神話の怪物だとしても

このD20、D10、D6で仕留めてみせると。






どんよりと曇った空、湿った風が吹き付ける城壁の上に俺は一人立っていた。



村人は一人残らず避難した。


奴に立ちはだかるのは俺だけだ。


俺一人。それで十分なのだ。




雷雲をまとってやつが来る。



ロングソードのD8ダメージと


マジックミサイルのD4ダメージを連れて、やつが来る。




俺は口の中で祈りをつぶやく。


父と母の名を呼び、死んだ弟とタカヒロに祈る。



どうかD4を……D4を俺に要求しないでくれと。


出た目の参照先が底辺だったり、頂点だったりダイス毎に違うあやふやなダイス。


とらえどころのないピラミッドを俺に求めないでくれと。



それさえなければ。


それさえなければ俺は勝てる。


俺は―――





風が凪ぎ、俺は自らの死を目前に見た。






「俺とD10」〜〜完〜〜

 小池一夫原作 神江里見作 弐十手物語

弐十手物語1 狼の睾丸

弐十手物語1 狼の睾丸

kindle unlimitedで定額読み放題になっていたので何気なく読み始めたら止まらなくなって全部読んでしまった。


連載開始時は主人公が別人だったり、明らかに二人の十手持ちを主人公にしたバディ物のつもりだった様に見えるが


途中で出て来た菊池鶴次郎のエピソードが決まり過ぎたせいか、はたまた予定通りの結果か主人公が交代する。(以後、前主人公は徐々にフェードアウトし、その行方はようとして知れぬ。


作品の前後は不明だが、他の小池劇画の展開と非常に似たシチュエーションが何度も現れる。何しろ25年連載、単行本にして110巻。


鶴次郎が満足のいく最後を遂げさせるために心を砕いた死刑囚の首をはねる男はどうみても首切り朝だし、囚人の首が落ちて終わるこのエピソードの展開もほぼ『首切り朝』だ

一人身の同心が悶々と過ごすうちに女盗賊と心を通じて夫婦になる展開も、やっぱり『首切り朝』にある。(河童の刺青がある女白波(おんなしらなみ)が出るところも共通している)

その女盗賊がいきなりつかまって磔獄門になり、主人公の心が壊れる展開は『春が来た』だ。

エピソード毎に増え続けるヒロインを次々と恋人にしていったら最終的に十指に余る女性と同居する羽目になるのは『オークションハウス』

江戸時代という時代設定故に、決して逆らう事の出来ぬ封建主義が最後の最後に立ちはだかるのは『子連れ狼』だ。

(たぶん『御用牙』や『乾いて候』もあると思うんだけど読んでないのでその辺は曖昧にしてごまかします)


だが、主人公のつるじろうさんは最終的に他の作品の主人公が陥った絶望や死を全部回避して成長し続ける。


鶴次郎が最初に心を通じた女白波は彼の目の前で愛を叫びながら無残な最期を遂げ、小賢しい新米同心だった鶴次郎は打ちのめされるが

鶴次郎は彼女の面影を心に抱き、すごい勢いでレベルアップする。

罪を憎んで人を憎まず、自らの命を江戸の人々を不幸から救うことに捧げ、どんな危険な立場に追い込まれても「よし、死のう」とばかりにアクセルを踏み込む。


隆慶一郎作品の”いくさびと”と同質の強さがある。



話の展開は基本的にいつも同じだ。


事件が起き、それにかかわる悲しい女達が鶴次郎の前に現れ、敵対したり救いを求めたりする。


鶴次郎は「よし、私の命を上げよう」と全力で相手を救おうとするのでヒロインは全員べたぼれになる。


『オークションハウス』では同じパターンで主人公リュウ・ソーゲンに惚れたヒロインが全員同居し、お互いに煮えたぎる嫉妬心を抑えられないので

月に一回、全力で喧嘩していい日を設けてフラストレーションを発散していた。


だが、流石のリュウ・ソーゲンも辟易したのか女達全員を集めて汽車で乱痴気騒ぎを繰り広げた挙句「時には全てを捨てて旅に出たいこともある…」

とカッコよく言い残して女達の乗った列車を切り離し、一人湖に突っ込んで(正確には違うのだがややこしいので省く)自殺を試みたりした。


ところが鶴次郎はあまりにも凄まじい人格者であるため、彼に惚れた女達は喧嘩をしない。

「お互いの為に命を使い、死んでも共にあると決めた仲」なのでひたすら仲が良く献身的だ。

5秒目を離すとすぐ新しいヒロインをひっかける鶴次郎を怒るどころか、「それが旦那様…」とナンパの手伝いをしたりする。



初期の頃は救ったヒロインは大抵話の最後に幸せを感じながら死んでいた。

あまりに連続でヒロインが死ぬので鶴次郎についたあだ名が”死神”である。

「わたしは本当に死神なのかもしれない……」と泣きながら”凍て鶴”のポーズでどうしようもない悲しみを表現するのがお決まりであった。

なにしろ話の展開上クローズアップされたらほぼ死ぬ。

登場エピソードを生き延びても油断はできない。

死ぬ前に別れたらそれっきり行方知れずになってなんとなく死んでるっぽい扱いから、死んだことにされちゃったパターン。

島送りになった先で鶴次郎を待ち続けるモードに入り、これなら安全だろうと思ってたら再度島が舞台になった時には病死していたパターン。

忘れられた頃に再登場してなんとなく巻き添えで殺されるパターンもあった。

流石にいくら何でも生き残らなさすぎだと思ったのか、いつの頃からか一定数のヒロインが生き残り、時折数人が死んで新しいヒロインが補充されるスタイルになっていく。


ここにきて

”出てくると絵面が面白い”(3人姉妹の放火魔で背中に不動明王の刺青がある)

”有能である”(幕府隠密のくノ一)

”権力がある”(吉原の元締め)

”単純に戦闘能力が高い”(作中最強クラスの武芸者)等の特徴を持つヒロイン達はある程度長生きをするようになったが

小池劇画の特徴は安定した人間関係をぶち壊して怒涛のクライマックスに流れ込む情け容赦のなさである。

敵が巨悪であるパターンで権力タイプのヒロインは死に

パワーレベルがどんどん上がってきて柳生烈堂の孫みたいなヒロインが参入した時点で武芸者ヒロインも枠被りから死亡した。

誰が死んで誰が生き残るか全くわからない地獄のヒロインレースも見どころの一つである。


なにしろ油断してるとさくっと心臓に短刀が刺さって死ぬので、1ページ抜かしただけで人ひとり消えることがあるのだ。



さて、そんなヒロイン達の屍山血河を築きながら歩き続けた結果、臆病でスケベなへっぽこ同心は無敵の聖人へと成長する。


ヒロインをたぶらかす度に追加される権力!


彼の女達への共感や献身に、感動した吉原の忘八やくざものは鶴次郎の為には命も投げ出すようになり

幕府の隠密も頭領が鶴次郎の妻なので彼が「やりなさい」って呟いただけで陰から『Wizardry』のマスターニンジャみたいなのがシュバババッ!って現れる。

江戸市中の市民や夜鷹達も勿論味方なので、事一朝事あらば大名屋敷に火のついた松明をボンボコ投げ込むくらい朝飯前だ。

8、9代将軍も鶴次郎を最大の親友として扱い

水戸黄門とも”つるさん”、親分と呼び合う仲。

果てはどう見ても柳生烈堂(子連れ狼のラスボスだ!)みたいな爺も鶴次郎に「柳生は任せた…」とか呟いて腹を切っちゃったので

100巻過ぎ辺りになると鶴次郎が「やりなさい」って呟いただけで御庭番と虚無僧姿の柳生暗殺剣士が1ダースくらい敵を取り囲む。

将軍以外男子禁制、立ち入ったら死罪は免れぬ大奥にフリーパスで入り込んで普通にでてきたりする。時代劇なのに!


こんなのに絡まなきゃいけない悪党の方が不運だ。




勿論、楽にここまで来たわけではない。

十手に全てをささげた鶴次郎は、仲間の奉行や同心、果ては幕府の大物や次期将軍が腐敗して汚職をしたり辻斬りをしたりする現実を前に何度も十手を捨てようとする。


ここで実際に捨てちゃって死に場所を探す無敵モードに入ったのが『春が来た』の鯉太郎兵衛であった。


だが、鶴次郎さんの人間的器は異様なまでにでかいので、絶望的な状況下でも命を捨てて正論を吐きまくり、自分を殺しに来た隠密を女房にしちゃったりする。


恐れ多くも八代目征夷将軍のあたまを2、3発どついて説教したりするので絶対的な身分制度も木っ端微塵だ。


口を利いたら魅了される、魔物の如き人たらしなのだ。





さらに特筆すべきは25年の連載中に次々と死んでいったヒロイン達の扱いである。


連載中盤頃までは鶴次郎の言う「私には死んでいった妻たちが憑いています…」というのは


ハードボイルド的な意味での決め台詞であった。


だが、陰陽師や天竺の怨霊と戦ったりする超自然要素がしれっと登場するようになり、運を天に任せるしかない状況では


死んだ妻たちが助けてくれたかの如き演出が用いられるようになる。


つまり偶然矢がそれたり、毒の入っていない方の酒を選んだり、命を懸けたサイコロ博打にあっさり勝利したりだ。


その演出とセリフが多用された結果、70巻ごろから鶴次郎を見た坊主や山伏がガクガク震えて畏怖の言葉を吐く演出が現れる。


「なんという数の霊を背負っておるのだ……」


やがて水面に映った鶴次郎の周囲に異形の影がうごめく様になり


彼の背後で泣きわめいて渦を巻く人の姿を失った妻達が描写されるようになった。


この辺りの絵面はホントにかっこいい。


自分で殺しておいて鶴次郎に殺人の罪を擦り付けようとした同僚に対して

「あなた、影が4つありますよ。殺した人の影がついています」と言い放つ鶴次郎のパワーレベルは夢幻紳士に匹敵する超人度だ。


そして90巻を超えたあたりでついに死んだ妻たちが実体化を始める。


鶴次郎に放たれた矢を跳ね返し、海に落ちればこれを引き上げ、雷をそらし、呪詛を跳ね返す。


ついには大奥の女中達に憑依して鶴次郎を匿うまでになり、ここに至って


隠密と柳生と忘八を配下にしたうえ死霊を自在に操る
ネクロマンサー南町奉行所定廻り同心、という『天下繚乱』みたいな生命体が完成する。


生死を超越した彼岸に立ち、彼の言葉を無視した悪党は大抵非業の最期を遂げる。


最早くだんか、ヒトコトヌシかってレベルの神話存在に足を突っ込んでいる。


「生まれてきた以上は使命があるから、そのために生かされている」と常々口にする鶴次郎は自らを支える神話的ルールに意識的であるように見える。


ジョーゼフ・キャンベル先生の『千の顔を持つ英雄』からパクって言えば、召命に対して抵抗せず、全てを差し出すが故に全てを得る英雄。


物語の大波に逆らわず、モチベーションやよって立つ設定の喪失すら恐れぬが故に波を乗りこなすことができる、そういう類のマンだ。


第一部(110巻やってやっと、第一部完なのだ!)終盤の鶴次郎は他者に対して「悔い改めなければ死ぬ」「助かりたければ捨てるしかない」などと預言者の如き言動を見せており、キャラクターを立て続けた結果


あらゆる物語を制すまでになった凄みがある。



そういえば『子連れ狼』の終盤に、自分の愛人を次々と刺客に放ったり、盾にしたりで使い捨てにする悪役公儀御口唇役、阿部頼母という怪人が出てきたけど


鶴次郎は正邪反転した阿部頼母っぽくもある。

なにかっていうとすぐ愛人と一緒に服脱ぎ始めるところとか。





ここまでストーリーの話ばっかりしてきたけど、絵の話もしたい。


なにしろこの漫画は絵が凄い。


子連れ狼を読んだとき、その絵面のカッコよさに「ハァー、こりゃ流石にフランク・ミラーがリスペクトするだけの事はあるぜ小島剛夕せンせい……!」って思ってたけど


神江里見先生の絵も無茶苦茶かっこいい。


特に隠密と柳生が登場するシーンはカッコよすぎて(これ、絶対パクろう)って握り拳を作るくらいかっこいい。


時と共に冴えわたる筆致は流れるような線を描き、踊るが如き画面が展開する。


そして僕は何かを思い出す。


ふ……フランク・ミラーの絵そっくりだ……


髪も眉もそり落としたくノ一、襲い来る爬虫類の様な人斬り、とどめは”暗所に目を慣らしておくための木眼鏡”を着用した風魔忍軍の登場である。


僕はこの人たちを見たことがある。


バットマンダークナイトリターンズ』と『シンシティ』で……!!


この辺、どういう影響と因果関係なのか非常に興味があるわね。


神江里見先生の絵がアメコミじみてくる時期は単行本の80巻辺りから。


1978年から2003年まで続いていた連載なので単純計算しても90年代末ごろ。


フランク・ミラーは『子連れ狼』リスペクトを公言しているから、同じ作者の最長作品である『弐十手物語』を読んでいないはずがない。


だが、『ダークナイトリターンズ』は86年の作品でその続編『ダークナイト・ストライクス・アゲイン』は2001年。



たぶん、何らかの交流があったのではないかと勝手に想像するけど実際のところはどうだったのかしらね。




90巻超えたあたりの面白さに悶絶して海老反りになったのでついつい興奮して長文書いちゃったわ。