ARK:Suvival Evolved 最後の船が出る

ここ二月ほどアーリーアクセスで遊んでいたサンドボックスFPS
なんとなく発表され、なんとなくそのまま消えた『The StompingLand』亡き後、無骨な情熱と圧倒的アップデート密度で期待の星トップの座に踊り出たタイトル。



左手首に何らかのインプラントを埋め込まれ、謎の島でプレイヤーは目覚める。


周囲に文明の姿はなく、滅びたはずの古代生物や恐竜が闊歩する脅威のジュラシックワールドの真っ只中。

我々はパンツ一丁で放り出され、暗闇に怯え、小型肉食恐竜の襲来に震え、素手で灌木を引き裂いて木材を入手し、岩を砕いて石器を作り、火を起こし(火!それこそが人を無力な獲物から万物の霊長へと押し上げる力の源だ!)


掘っ立て小屋を建てて生き延びた。


恐怖の対象だった捕食動物たちをうち従え、強固な防壁に護られた塔を築き、記憶の底からテクノロジーを呼び起こして武装する。


誰が我々をこの島へと送り込んだのか。


一体何の目的で?


宙に浮かぶ巨大なオブジェクトは何なのか。


空の彼方から降ってくる物資コンテナは誰が送り込んでいるのか。


全ては謎のヴェールに包まれている……


包まれているけど手首をよく見るとシリアルコードが振ってあったり、死んだ場合はインプラントを中心に身体が再構築されたりする所を見ると多分ここはテラフォーミング中の惑星だ。地球上ではない。


母なる地球はまだ存在するのか。人類は遥か昔に滅びたのか。この星は超越者の創りだしたフラスコ、地球生命再生の揺り籠なのではないのか。



そんな疑いを抱きつつも僕らは生きた。神秘の大地を。そう、我々の名はYAVAI族。マジでヤバイトライブ。方舟を生きる部族。




ところでこのゲームのデータはサーバー保存型である。


マルチプレイは有志が立ててくれたサーバーにお邪魔する形で行う。


そしてキャラクターデータはそのサーバーに保存される。


ところが我々がお世話になっていたサーバーが7月一杯で閉じられる事になった。


サーバーが消えればヤバイ族のデータも消える。


他所で一からやり直すしかない……今まで築き上げた全て……本拠地ヤバイタワー……

ティラノサウルスの襲来すら跳ね返す難攻不落。

海のヤバイ家……Rebisさんが作り上げたメガロドン生け簀……金属精錬の秘密……燃える水を使って万物を駆動せしめる秘術……全てが失われる。


絶望に目を曇らせるヤバイ族。だが預言者は告げた。


「なんかキャラクターデータをアップロードすることで他のサーバーに引っ越せるらしい。持てるだけのアイテム、連れていけるだけの家畜、そしてお前の経験レベルだけを持って」

既に毎日ログインしてる様なプレイヤー達は次々と家畜を転送し、自身も資産を整理して新天地へと去っていった。
今やたまたまログインが不定期になっていたヤバイ族以外のトライブはほとんど残っていないのではないか……そんな噂が聞こえてくる。




慣れ親しんだ母なる大地を離れ、旅立つ時が来た。



出立の前日、僕は鳥に乗って空からヤバイタワー周辺を見て回った。


FF14ちゃんにうつつを抜かしていた僕がここに来るのは結構久しぶりだ。


だが、かつて他の部族が活発に活動していた一帯にも最早動く人影はない。


無人の家々の間を孤独な風が吹き抜ける。



最後の船が出る。


この星は終わる。


川を遡り、谷を抜けた先のオベリスク。そこに希望はあるという。


かつてここに居た人々は既に旅立ったのだ。




満月の夜。
ヤバイタワーの前には4人の人影。
ティラノサウルスブロントサウルス、スピノサウルスに乗用サーベルタイガーが3頭。

ヤバイ族の旅が始まる。


緩慢に滅びへと向かう大地を捨て、星の彼方へと向かう旅が。




旅の途中、幾つもの廃墟を見た。


かつて荒々しい命に満ち溢れ輝いていた家々も今は打ち捨てられ、荒廃の化粧を施し、しどけなく横たわる。


見捨てられた巨大なペット達。テイムされた彼らは他者を襲うこともなく柔和な表情で立ち尽くす。


最早彼らを呼ぶ者はいない。サーバーを移動し、ずっと遠くへと行ってしまった。

肉食恐竜の襲来に備えて防備を固めている渡し場。


橋は対岸直前で途絶えている。


最終ログインからの時間経過によって崩れたものか、そもそも完成しなかったのか。



渡し場の囲いの中には鞍を付けられた亀が一頭、悲しげに餌を食んでいた。
彼と主が再開することはあるのだろうか。



彼方に目的地が見えてきた。眼前に広がる熱帯雨林の向こう。

天を貫く光の柱。虚空に浮かぶオベリスク。誰がそれを作ったのかはわからないままだ。




森を抜ける間にも、幾つもの廃墟と出会う。



赤い塗料で塗られた家。
ヤバイ族に色の文化は根付かなかった(調合が面倒臭かったのだ)。美の概念を持った人々がかつてここに住んでいた。


鉄で出来た家だ。

金属を建材に用いるほどの加工技術を持ったものがここに住んでいたらしい。

屋根の上には不用意に近づくものを鉛の嵐で引き裂くセントリーガン。


一瞬ヒヤリとするものの、弾は尽きていたようで自動反応銃は沈黙したままだった。そもそもここはPvEサーバーだ。


渓谷に入る。

ここを抜ければオベリスクだ。


散発的に肉食アリの群れや、ディノニクスが襲撃をかけてくるも、ヤバイ族の使役する恐竜にはかなわない。


やがて視界が開けた。目的地だ。




そこには最後の桟橋までの旅程を共に歩み、置き去りにされた獣達が立ち尽くしていた。


メガネを掛け、鞍を背負ったラプトル。レベル超高え。
明らかに可愛がって育てられたペットだ。何故置き去りにされているのか。




オベリスクの操作ミスだ……」吉井さんが呻くように言う。


「まず、荷物や装備を転送ポッドにセットし、次にペットをアップロードしてから、最後に自分を転送しなければならない……だが、この獣達の飼い主は誤ってペットより先に自分を転送してしまったのかもしれない」

「あるいは新天地に向かうにあたって彼らを置き去りにしたか」

「最後に自由をプレゼントしたのかも」


沈黙が落ちる。


方舟の扉は彼らには開かれなかった。


音もなく巨大な影が消え去る。
空間を満たしていた大きな生き物が素粒子にまで分解され、衛星軌道上の何処かに向けて送り出された。


「よし、スピノサウルスのアップロードは完了だ。次は俺が行く。俺はここで消える。後のことは任せる」


ドサリとインベントリの中身が地面に落ち、吉井さんが分解され旅立った。彼はもう居ない。


日が暮れ、雨が降り出す中いそいそと出発の準備を進める一行。最後の船が出る。



旅の仲間達は次々と虚空へ飛び立ち、最後に残された僕はふと振り向いて月を見上げる。


このゲームはどこまでアップデートが続くのだろうか。


安住の地は見つかるのだろうか。


一時的に地上から消えたヤバイ族が再び現れる日は来るのだろうか。


そして、未だこの星に1人残っているRebisさんの事を考える。


彼は間に合うだろうか。


最後の船が出る。


さらばARK。さらばヤバイ大地よ。


僕は制御盤に指をすべらせると、惑星上から永遠に消え失せた。


サーバーがダウンし、全てが虚無に返る4日前の事だった。