その6


夜明けであった。
前夜の勝利に高揚しつつ、野営明けで冷え、強張った身体を伸ばして出発の準備をする一行。
周囲には生き物の気配はない。
ただひたすらに荒れ野が続いているだけであった。
遠く岸壁に砕ける波の音が響いてくる。
冷たい携行食を何とか飲み下し、歩き始めた一行の前に、またしても胡乱な洞窟の入り口が現れた。
開口部は高さ30ft、幅は40ftほど。

「この洞窟なら馬に乗ったままでも入れるなあ…」
騎乗突撃に異様な執念を燃やすギリオン卿が呟く。
なにしろ《猛突撃》を使えば大ダメージである。でっかいダメージ出してモンスターをぶっ殺すプリミティブな衝動に支配された人間砲弾であった。
「ろくでもない洞穴もそろそろ見飽きてきたが、ここがラッパンアスクの入り口かもしれん。目に入る危険がない以上、放置するわけにも行かないな。」
あごひげを扱きつつ呟くサイード

用心しいしい、フルBuffで洞窟内に侵入する一行。駄目だったら逃げ帰って寝るまでだ。そんな決意がういういしい。
曲がりくねった通路が続き、磨り減った神経をさらに磨耗させるドキドキツアーが一行を闇の奥へ、奥へと導いていく。
20分ほど経過したころだろうか、急に通路が開け、広めの空間に出た。

そこには無数の白骨化した屍が散らばり、折れた槍や錆びた剣が散乱していた。
そしてその惨状の奥に、老いて痩せ細り、狂おしい目をした一体のトロールが巨大な槍に刺し貫かれて壁に縫い止められていた。


トロールだ!!!!」
トロールには異常な警戒心があるPL一堂は色めき立つ。
ガチャガチャと武器を構える一行を見たトロールだったが、疲れ果てたような顔でそれを眺めると巨人語で語りかけてきた。


「待ってくれ、小さき者どもよ。私に敵意はない。」

なにこのインテリ喋り。トロールの癖に。
怪訝な顔になりながらも話を聞くコマンドを選択してイベントを拝聴する構えの一行。
事情聴取は唯一巨人語が喋れるアウカンがこなす。


「私もかつては悪事をなした。だが、髪長くして隠行の構えをとるサムライにこうして岩に縫いとめられてしまって300年。」

「おいいいいー!!!なんで『うしおととら』につながんだよ!!!」

「いや、サムライと300年は嘘ですけど縫いとめられたのはマジです。サーセンwwww」

「じゃあちょっとシナリオ見せて見やがれこん畜生!!!」

皆はDMの手からシナリオをもぎ取って確認したが、英語で書いてあったのでよくわかんなくてすごすごとシナリオを返却した。


「それはそれとして私もここに縫い付けられて長い時間が過ぎた。いっそ死を選びたいが、生来の再生能力が邪魔をして死ぬことも出来ぬ…。」

DMGを見ると餓えに対して再生能力は無力だと書いてあるのだが、なにしろネクロマンシーゲームズ様のシナリオである。そんなこともあるだろう。


そう思った一行は黙って話を聞いた。


「せめて最後くらいは自由に死にたい…槍を抜いてくれ…そうすれば私は洞窟を出、海に向かって歩き、果て無き海原を眺められるよう岸壁の上で太陽の光を浴びて石になろう…。」


静かに語る老トロールの声に滲む老いと悲しみに、言葉が分からない一行も目に涙を滲ませた。

PL達の相談が始まる。
「俺達超Goodパーティーだしなあ。」
「こんな事言われたら助けるよねえ。」
そだねー。」

ああでも一応ディテクトイービルするだけしておくか、改心してたら面白いよねーハハハ
皆で笑いながらギリオンがディテクトイービルを行う。


結果は悪。


「……。」

「真意看破します。」


種族的に真意看破にボーナスのあるアウカンだけが成功した。


DMは語る。

「このトロールは動けなくなって腹が減ってムカついてるので助けてくれたら誰でもいいから速攻ぶっ殺してぶっちらばしてかっ食らうつもりです。」



みんなうわあ…って顔になってしばしの沈黙が落ちた。





「アウカン、この哀れなトロールは何を言っているのですか?」
高貴なる太陽神官マハーバラが声に同情を滲ませつつアウカンに問いかける。彼はあまりにも善良すぎる。人々はそう語る。

アウカンは悲しげな顔で答えた。

「自分はもう駄目だからせめて楽にして欲しいと…そう言っている…。」


「そうか!辛かろう!今すぐ楽にしてやるからな!せめて来世では善良なクリーチャーに生まれ変わるがいい!!!!!」


「突撃したいです!」額にそう書いたギリオン卿がすごい勢いで馬のアクセルを吹かすと、一個の砲弾となってトロールに突っ込んだ。
トロールは急展開に「え?ちょwwww待ってwwwww」って言いかけたが轟音と共に土煙が上がり、それが晴れた時には辺りには木っ端微塵になった緑色の肉片が散乱しているだけだった。



危うい所で狡猾な死の罠を掻い潜った一行はさらに洞窟の奥を目指す。
再び延々と曲がりくねる通路が続く。
やがて通路は徐々に狭まり、歩くたびに周囲に積もった埃や蜘蛛の巣がもうもうと舞い上がって一行を咳き込ませた。
そろそろBuffの効果時間も切れる…いったん引き返すべきか?
そんな考えが皆の頭をよぎる。
その時であった。

前方の空間に黒い穴がふっと開くと、中から半透明の巨大な蜘蛛が現れた。
「く!この蜘蛛の巣はこいつのか!!!」
「0距離遭遇だ!やるしかないぞ!」
「突撃は不可能だ!隊列を組み替えろ!!」

慌しく戦闘態勢をとる一行を尻目に蜘蛛は顎を開くと「キュピィー!!!」って鳴いた。
すると通路の前後、さらにその先の空間に黒い穴が一斉にみゅいん って13個ほど開いて、同じような蜘蛛があと13匹ほど出てきた。

前門みっしり、後門みっしりである。

記憶から蜘蛛の脅威度を参照して青ざめる一行。


死神の哄笑が洞窟に響き渡る。
ついに。
ついにラッパンアスクの死の爪が一行の肩に手をかけた。
海外モジュール特有の恐怖。DMがだるくなるほど大量の敵、である。

「逃げるに逃げられない…」


「これは終ったか…」


絶望的な顔になる一行に向かってサイードが叱咤を飛ばす。

「まだだ!皆、俺の周りに集まれ!!転移のスクロールを起動して首都ミトリックに緊急避難する!!」

EVAC!!!

GroupChatにその4文字が浮かんだ瞬間、一行はサイードの周囲に殺到した。
蜘蛛の容赦ない攻撃にさらされつつも、サイオニック収束を使って精神集中に成功し、アイテム騙しのTake10でテレポートの起動に成功するサイード
精神の力を持って転移門を開き、一行の退路を確保するその姿は殺戮の嵐に挑み岬の突端で輝き続ける灯台の如し。
まさにゲートキーパーであった。

何言ってるんだか自分でもよくわかんないですが、すごくかっこよかったのだ。


アウカン、マハーバラが駆け込み、続いてはやての君に跨ったギリオンがゲートを通行しようとした瞬間、開いたゲートの上部にスネ夫がポップアップすると例の狐のような顔で手のひらを突き出し、こう言った。


「悪いなあ、このゲート4人用なんだよね!」


アウカン、サイード、マハーバラ。ラシードはヘンチマンなので放置するとしてもギリオンと馬でクリーチャー5体。
定員オーバーであった。
ギリオンはいまだ自らの乗騎を呼び出すことが出来ない。
よって、はやての君は大枚払って買い込んだ軍馬であった。
今回の冒険では未だろくな収入はなく、テレポートのスクロールを使用して撤退を行う以上、大赤字である。
生きて帰れたとしても再び軍馬を買うだけの予算はなかった。


とっさにはやての君の目を覗き込むギリオン。
「我等は引く。お前だけで帰ってくることが出来るか?」

はやての君は利口な馬である。
同じ厩舎で生まれた兄弟馬達は皆名馬の誉れ高く、功成りとげた騎士や貴人の乗騎として名を馳せた。
騎馬競技の歴史にその名を残したものもいる。
その兄弟達の誰よりも賢く、勇猛で忠実な馬であった。
運命の導きでギリオン卿と出会って以来、幾多の戦場を共に駆け抜け、深い信頼の絆で繋がった二人は、まさに人馬一体であった。
はやての君は深い信頼の篭った目でギリオンを見つめると、頷いた。
「私の全力移動ならば、並み居るランダムエンカウントを掻い潜っても、モンスターに追いつかれる事なく貴方の元へと帰り着くことが出来ましょう。
どうか、ここはお引きください!ミトリックの大門で再びお目にかかりましょう!!」

真に心の繋がった馬と騎士にだけが可能な心の対話で以上のやり取りを終えると、ギリオン卿は騎乗判定を行い、フリーアクションでひらりと鞍から飛び降り、ゲートを潜った。

ヘンチマンのラシードは以上のやり取りが行われている間にログアウトを行い、フェイズスパイダーの群れが初期位置に帰ったのを見計らって洞窟からこそこそと出て行った。「ここで殺して同じデータの兄弟が次々に出てくることにしてもいいですけど、戦闘参加もしないですし、だるいからこいつは死にません。」とはDMの英断である。


さて、一行が次元を飛び越えて退散したあと、名馬はやての君は死地に残された。
自分よりもイニシアティブが早かった蜘蛛の爪で傷を負い、血を流し、泡の汗を浮かべつつもその足はとどまらない。
八本足の死神の脇を掻い潜り、暗く曲がりくねった洞窟を走りぬけ、トロールの居た広間を一足飛びに飛び越え、ついに洞窟から走り出ると
光溢れるシーコーストロードに駆け出でた。

次々に振られるランダムエンカウント
しかし、ヘヴィーウォーホースの移動力は高い。

はやての君はかけた。
灰色の波濤が散る暗い渚を。
名のとおり、風のように駆けた。
蹄の音は響き渡り
その目は狂おしく希望に燃え

ただただ、主の待つ北へ。
ミトリックの大門へ。



ランダムエンカウントが振られた。


DMは少し驚いたような顔をして眉を上げると、ため息をついて言った。


「はやての君は太陽の光が遮られ、自分が巨大な生き物の影の中を走っていることに気がつきます。」


恐怖に嘶きつつ空を振り仰いだはやての君の目に最後に映ったものは


空を翔る赤い暴君、シーコーストロードの支配者、赤竜アルガナクの大あぎとの奥に燃える、真っ赤な炎であった。










太陽の明かりの最後の残滓が西の山脈に消え、ミトリックの大門がゆっくりと閉ざされる。
ギリオン卿は門が閉ざされたあとも、城壁の上で静かに南を見つめ続けていた。
やがて星が昇り、夜がやってくる。
身を切るような冷たい風が吹き始め、城壁の守備兵は己の肩をかき抱きながらドワーフの酒と赤々と燃える暖炉の火を求めて番所に入っていったが
ギリオン卿はそれでも城壁に立って南を見つめ続けた。

夜半頃、城壁を登ってアウカンがやってくると黙ってギリオンの肩に手を置いた。
やがて彼の影が静かにうなだれると、励ますようにアウカンは肩に腕を回し、二人の影は城壁の内側へと消えていった。